五感を制する者
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「増田紀彦の視点 どうする?日本経済」
第113回 五感を制する者
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【エスコンフィールドの経済効果は1600億円超】
北海道の北広島市にオープンした「エスコンフィールドHOKKAIDO」。
野球が好きな人も、そうでない人も、メチャクチャ盛り上がると評判だ。
エスコンは「北海道ボールパークFビレッジ」内の一施設である。
同パークには、ほかに商業施設やスポーツ施設、遊興施設が設けられており、
宿泊施設にいたっては、ホテルはもちろんのこと、
グランピング施設や一棟貸しのヴィラまで用意されている。
しかもマンション建設を含め、開発はまだまだ続く予定だ。
地方都市でこれだけの大型投資は、近年見たことがない。
経済効果も十分期待できるだろう。
すでに専門家は、その額1634億6174万円と試算している。
それだけに、ファイターズの本拠地を明け渡した札幌市は、
悔しさで歯噛みする思いかもしれない。
経済は俯瞰して見ればゼロサムだ。
誰かが利益を得れば、その分、誰かが損失を被ることになる。仕方ない。
【ニュースでは決して伝わらない「感動」】
ところで、私がこの施設に注目したのは、
報道やネットの投稿などを通じて、
訪れた人々が口々に「五感で楽しめる」と語っていたからだ。
残念ながら、私はまだ訪ねていないが、「五感で楽しめる」と聞いて、
これは、ニュースで見聞きしている以上に面白そうだと直感した。
それはそうだ。
エスコンの魅力をニュースがどれだけ詳細に伝えたところで、
私の脳に届く情報は、あくまで視覚と聴覚経由のものだけ。
もちろん、視覚情報と聴覚情報があれば、
おおよそのことはわかる。
だが、「わかる」と、「楽しむ」は、まったく別物だ。
実際、エスコンの天然芝のみずみずしい香りを嗅ぎながら、
美しく刈り込まれた緑色を目に焼き付ければ、
自分は今、フィールドに来ているのだという実感が込み上げるだろう。
【「視覚を制する者」の次の覇者】
「視覚を制する者が、消費を制する」という言葉がある。
商品デザイン、パッケージデザイン、陳列、
店舗の内外装、販売スタッフの服装や表情……。
これらすべてが視覚情報であり、
そのどれかひとつでもイケていなければ、
消費者は、すぐに「購買しない」という判断をくだしてしまう。
だから商品を製造する企業も、販売する企業も、
必死に購買動機を形成させる「見た目」を考える。
だが、どうだろう?と、最近私は感じる。
「見た目」づくりのプロたちが、しのぎを削って、
素晴らしいビジュアル(買いたくなるビジュアル)を生み出し続ける昨今、
その苛烈な競争で勝ち抜くのは、本当に容易ではないだろうと。
であれば、どうする?
ライバル施設やライバル店舗が消費者の視覚を制そうとするなら、
自社は、五感を制する作戦に出ればいいのだ。
【「体感」を訴求する施設が増え始めている】
私たちは、視覚や聴覚で得た情報に、
嗅覚、味覚、触覚で得た情報が加わることで、
その情報を「体感」したと感じる。
その感覚が、人に満足感や高揚感をもたらす。
それこそ、「テレビで見るのと本物とでは、全然違うよね」と。
あらためて、「五感で楽しませる」は、
あらゆる施設や店舗に導入可能な差別化戦略だと思える。
そう考えて、すぐに頭に浮かんだのが水族館だ。
近年は見るだけでなく、タッチプールを設け、
触覚でも楽しめるように工夫する施設が増えているし、
クラゲの展示施設などでは、幻想的なBGMを流す演出も見かける。
そのうえで、やはり嗅覚も刺激してほしい。
分厚いアクリルの向う側の水中世界を目で楽しみながら、
同時に、潮の香りが漂ってくる展示があれば、
安全で快適な空間にいながら、かなり「海にいる感」が高まるはずだ。
【半面、デジタル偏重気味の施設も】
ところが、そんな私の思いとは反対を行く水族館もあるらしい。
旧知の起業家が子どもたちを連れて、とある水族館へ出かけたそうだ。
その時の感想をメールで伝えてくれた。
「水族館の最後のコーナーにリアルな魚はいません。
タブレットの中の魚に色を塗って、『完成』ボタンを押すと、
大きなスクリーンに色を塗った魚が映し出されるという、
なんともデジタルな感じ。
他にもあちこちにタブレットが設置されていて、
タブレットが魚の説明をしてくれます。
子どもたちは、リアルの魚はそっちのけでタブレットに夢中。
せっかく水族館に連れてきたのに、
これじゃー、家でタブレット見てても同じじゃん。
と、なんだか切ない気持ちになりました」。
メールを読んで、唸ってしまった。
そして気付いた。
結局のところ、デジタルがどれだけ頑張っても、
人に与えられるのは視覚情報と聴覚情報だけであり、
そういう意味においては、テレビと何の違いもないのだと。
とはいえ、デジタル情報はやはり効果的だ。
であれば、「五感+デジタル」というキーワードで、
人の心を動かすアイデアを見つけられないだろうか。
【秋田県の「増田まんが美術館」の素晴らしさ】
そう思ってあれこれ考えているうちに、
すでにそういう施設があることを思い出した。
秋田県の横手市増田町にある「増田まんが美術館」だ。
私は昨年の11月に初めて訪れたのだが、いやいや、心底感動した。
訪ねると、まずはその大きさに驚く。
あとでわかったのだが、この美術館は展示目的のほかに、
名作漫画の原画20万点以上を保管する建物でもあるからだ。
館内には、原画とは別に膨大なコミックも収蔵されていて、
それらは無料で読み放題になっている。
紙の感触、印刷物の匂いをかすかに感じながら、
日本じゅうを虜(とりこ)にした作品を、
飽きるまで読み続けられるのである。
一方で、決して触れることはできないが、
人気漫画家たちの原画を目にすることができる。
写植を切り貼りしたネーム(吹き出しのセリフ)の糊の痕跡、
ホワイトで描き出した袋文字、几帳面に張り付けたスクリーントーン、
枠外にはノンブル(ページナンバー)を記した赤鉛筆の数字や、
印刷所への指示事項などの書き込み……。
1枚(1ページ分)の原画を完成させるために、
漫画家がどれほど心血を注いだのかを、我が目で確認し、胸が熱くなる。
もっとも、いくら館内が広いとはいえ、
膨大な原画のすべてを展示することは不可能。
そこで登場してくるのがデジタルだ。
館内には、テーブル型の巨大タブレットが設置されていて、
見たい漫画家の作品を選べば、その作品の原画が画像表示される。
タブレットをスワイプすれば、
次のページへ移動できるし、画像の拡大縮小も自在だ。
要するに、デジタルの素晴らしさとは、
価値の高い視覚情報や聴覚情報に、難なくアクセスできる点にある。
だが、それがどれだけ魅力的であっても、
やはり、心が燃え立つところまではいかない。
高感度な視覚情報と聴覚情報に、
嗅覚や味覚、触覚で得られる情報が組み合わさってこその「感動体験」だ。
【デジタル情報と実体験を組み合わせる演出】
繰り返すが、人は五感を刺激されるほどに、高揚感が高まる。
そして、高揚した自分の感覚を肯定的に捉え、
きっかけを与えてくれた商品やサービスや空間に対し、好意的な感情を抱く。
事実、私はもう一度増田まんが美術館に行きたいと思っているし、
誰かを連れて行きたいとも思う。
そして、出かけたら、記念と施設への感謝のために、
できる限り、お土産をたくさん購入したいとも思う。
加えて、周辺の酒造で日本酒を買い求め、
稲庭うどんの店で食事を取りたいとも思っている。
まさに、経済効果抜群である。
エスコンもそうだ。
グランドの天然芝から視線を上げれば、
巨大なスクリーンに次々と魅力的なデジタル映像が映し出される。
胸いっぱいの感動を味わった観客たちは、
ここぞとばかりにお金を使うだろう。
デジタルを効果的に活用しつつ、五感を刺激するプロモーションを仕込む。
この組み合わせを演出できる者が、これからの時代の消費を制する。
<一般社団法人起業支援ネットワークNICe 代表理事 増田紀彦>
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「つながり力で起業・新規事業!」
メールマガジンVol.186
(2023.4.21配信)より抜粋して転載しました。
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