嗚呼、べースボール
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「増田紀彦の視点 どうする?日本経済」
第112回 嗚呼、べースボール
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【日本から見たWBCと、実際のWBCの相違】
少しでも野球に興味がある人にとって、この時期最大の関心事は、
やはりWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)だろう。
3月22日は、日本vsアメリカの決勝戦だ。
この原稿は決勝戦の開始前に書いているので、勝敗の行方はわからないが、
今大会は、アメリカがメジャーリーグのトップ選手を揃え、
「いよいよ本気を出してきた」と話題になっているし、
日本も大谷翔平選手らメジャーリーガーを擁して、
「史上最強の侍ジャパン」と評されるほどの顔ぶれになった。
実際、侍ジャパンは準決勝まで6戦6勝。確かに強い。
もっとも日本のメジャーリーガーは、
ベンチ入り選手28人中、4人にすぎないが、
アメリカはもとより、メキシコやプエルトリコ、ベネズエラ、ドミニカ、
さらにはイタリアやオランダなどの欧州勢にいたるまで、
多くの出場選手がメジャーリーガーであり、
それ以外の選手も元メジャーリーガーか、
メジャー昇格を狙うマイナリーガーで構成されている。
実際、イタリア代表はメジャーリーガー8人を含む全員がアメリカ在住選手で、
この大会のためにイタリアから駆け付けた選手は一人もいない。
たしかイスラエル代表も、ほぼ全員がアメリカ在住選手だったはずだ。
日本の野球ファンから見たWBCは、
村上、岡本、佐々木、山本ら、NPB(日本野球機構)のスター選手たちが、
日本人メジャーリーガーとタッグを組み、世界の強豪に挑む真剣勝負だが、
大会全体を冷静に俯瞰した場合、
WBCとは、MLB(メジャーリーグベースボール)所属の選手たちが、
出身地や「縁のある地域」に分散して戦う、一大オールスターゲームだと言える。
【WBC of the MLB, by the MLB, for the MLB】
通常、MLBのオールスターゲームは、
アメリカンリーグとナショナルリーグ、それぞれから選ばれたスター選手が、
1年に1試合だけ、アメリカ国内の球場で対戦するイベントだ。
これと比べた場合、
WBCは、予選、1次リーグ、準々決勝、決勝ラウンドと、多くの試合が開催され、
野球熱の高い日本や台湾では、球場に入りきれないほどの観客が動員できるし、
それに伴う関連グッズの売上もすさまじいレベルである。
何より、テレビ局などから徴収する放映権料が、とてつもない額に達する。
ところでWBCの放送権料は、なぜ高額なのだろうか?
答えは、「ライブコンテンツだから」だ。
録画ではなく、ライブで視聴してもらえれば「CMの早送り」は起きない。
CM収入で経営が成り立つ民放にとって、スポーツ中継は命綱であり、
それゆえ、放送権料は高騰し続ける傾向にある。
もっとも、オリパラやFIFAワールドカップと異なり、
WBCをこまめに中継するのは、日本と韓国くらいだから、
両国の民放は、WBCのお得意様ということになる。
おそらく、両国の民放は、それぞれ数十億円以上は支払っているだろう。
一方、新たなスター選手を血眼になって探している、
MLB各球団にしてみれば、
WBCは、またとない獲得候補の見本市もしくはお披露目会である。
金も人も、ごっそりアメリカへ引っ張るMLBビジネスのすさまじさには、
正直、脱帽するしかない。
【移民国家だからこそできた、「国別」の対抗戦】
だが、ご存じのとおり、ベースボールはサッカーのように、
世界各地にプロリーグが設立されているわけではなく、
競技人口やファン人口も地域によって偏りがある。
この状況で、「世界大会」を開催するのは、普通なら困難。
そこで主催者WBCI(ワールド・ベースボール・クラシック・インク)は考えた。
(WBCIは、MLBとMLB選手会が設立した企業)
アメリカで活躍する選手たちを各国の代表選手として出場させるために、
出場資格を以下のように定めたのだ。
1.当該国の国籍を持っている
2.当該国の永住資格を持っている
3.当該国で出生している
4.親のどちらかが当該国の国籍を持っている
5.親のどちらかが当該国で出生している
6.当該国の国籍またはパスポートの取得資格がある
7.過去のWBCで、
当該国の最終ロスター(ベンチ入り選手)に登録されたことがある
たとえば侍ジャパンの切り込み隊長、ラーツ・ヌートバー選手は、
母親が埼玉県の出身ということで、上記5番に該当し、
日本代表の資格を得たわけだ。
まさに、他人種・他民族を擁するアメリカしか成し得ない作戦である。
保有する資源を有効に活用するとは、こういうことだ。
【果実は、十分に熟したところで食べる、ということか】
アメリカから教わったベースボールを、野球というかたちで、
およそ150年かけて、国民的スポーツにまで育ててきた日本だが、
本国アメリカに迫る実力と人気を得るに至ったところで、
結局、旨味をまるまるアメリカに吸い取られる展開になりつつある。
さすがに、明治の頃から今日の市場を考えて、
アメリカが日本に野球を教え込んだとまでは思わないが、
米食がパンに、和室が洋室に、邦画が洋画に取って代わられた現実を思うと、
野球もまた、ベースボールに取って代わられるのかと、思わざるを得ない。
昨今のような、きな臭い世界情勢にあってスポーツ観戦は、
本来、何よりの気分転換材料になるのだが、
大谷やダルビッシュ、吉田、そしてヌートバーら、
侍ジャパンを牽引するメジャーリーガーへの絶賛の声が高まるほどに、
北叟笑むアメリカの顔が浮かんできて、どうにも悔しい。
現時点では、WBC2023の優勝国はわからないが、
主催者にしてみれば、どの国が優勝してもべつに構わないはずだ。
その国が栄冠を掴み取ることができたのは、
その国の代表選手として振り分けられたメジャーリーガーの活躍の賜物、
ということになるからだ。
完璧な戦略。それだけに、それだからこそ、やっぱり悔しい。
【かつては日米間で差がなかった野球選手の年俸】
私にとっては、物心がついてから今日にいたるまで、
野球は、ベースボールではなく、ずっと野球だった。
スタンドを埋めつくす観客の声援を受け、
一般人が決して手にすることのない報酬と賞賛を得る選手たち。
我が幼心は、これに憧れずして、何に憧れるか、であった。
王貞治選手の年俸が1000万円を突破したときの驚き。
その後、イチロー選手の年俸がついに1億円に達したときの感激。
「プロ野球選手はすごい」。そう思い続けてきた。
だが、日本が延々デフレに見舞われている横で、
デフレなどには無縁のアメリカは着々と経済成長を遂げ、
気付けば、日米の野球選手の年俸は、比べ物にならないほど開いてしまった。
実際、1975年から2015年にかけての日米の平均年俸推移を比較すると、
MLBが約500万円から、実に100倍の5億円にまで伸びたのに対し、
NPBも1975年こそ、MLB同様、500万円に達していたが、
2015年の平均年俸は3800万円と、その伸びは、わずか7倍強でしかない。
かたや100倍、こなた7倍強……。
日米経済格差のシンボルのような数字である。
野球に才能と将来を見出した日本の若者たちが、
メジャーリーガーを目指すのは、あまりにも当然の話だ。
【だからこそ、日本発の文化とビジネスを!】
悔しいが、仕方ないと思う。
日米の基礎的な経済力の差もあるし、
MLBの世界戦略にも隙が見当たらない。
何より、ベースボールの本家は、やはりアメリカだ。
むしろ、自国が生み出したスポーツや文化の魅力を信じ、
それを育て、伸ばし、世界へ普及しようとする、
アメリカの力強い世界戦略に私たちは大いに学ぶべきだろう。
日本にも、数多くの「本家」がある。
行事や風俗、そして何より数多くの伝統的産業がある。
これらは、他国が真似をしようとも容易にできないものばかり。
なぜなら、それらは日本の自然や気候、風土と密接に結びついているからだ。
また、日本「古来」だけが私たちの持ち味ではない。
私たちは、「外来」を巧みに取り入れる術にも長けている。
ベースボールを野球として育てた歴史もある。
それどころか、多くの文化を日本流にアレンジしてきた。
そもそも、こうやって書いている文字も、中国から伝わった文字を、
平仮名や片仮名にアレンジしたものだし、
漢字のままでも日本語読みができる、訓読みという方法も考案してきた。
日本の根源的な競争力となる自然や気候や風土に、
あらためて目を向け、守り、磨き続け、
そこに世界のエッセンスをうまく取り入れていけば、
日本は、まだまだ世界を魅了するビジネスを生み出していける。
頑張ろう、ニッポン! Roll Over MLB!
<一般社団法人起業支援ネットワークNICe 代表理事 増田紀彦>
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「つながり力で起業・新規事業!」
メールマガジンVol.184
(2023.3.22配信)より抜粋して転載しました。
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