贈与税減税で、「老老相続」の回避を
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「増田紀彦の視点 どうする?日本経済」
第114回 贈与税減税で、「老老相続」の回避を
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【昭和6年生れの父の心配事は「老後」!?】
何年か前、実家で用事を済ませ、帰途に着こうとしたら、
母が「バス停まで送っていく」と言い出した。
父の前では話しづらいことでもあるのだろうと察した。
「ちょっと聞いてよ。お父さんね……ふふふ、お、おとうさ……くくく」。
母は、これから話そうとすることが、よほど可笑しいらしく、
笑いが込み上げて、まともに喋れない。
少なくとも暗い話ではなさそうだと安心した。
ようやく落ち着いた母は、最近あった父とのやり取りを再現し始めた。
父「生活費が足りないなあ」
母「年金をもらってるじゃないですか」
父「それじゃあ足りないって言ってるんだ」
母「だったら、貯金をおろせばいいでしょ」
父「ダメだ!」
母「なんで?」
父「決まってるだろ。あのお金は老後のために取っておくんだから」
えええっ!?
これがアニメのワンシーンだったら、
私は100メートルくらい、宙に吹っ飛んでいただろう。
たぶん、5、6年前の話だから、その時、父はすでに80代後半だ。
いやはや、我が父ながら、すごい人だと思った。
【高齢者は年金を何に使っているのか?】
父が「足りない」という年金支給額がいくらなのか、私は知らない。
ただ、老夫婦二人の暮らしだ。
家賃もいらないし、食費もさほどはかからないはず。
二人とも高齢者施設の利用をまったくしていないし、
医療費にしても自己負担率は1割だから、
これが生活を「圧迫」する要因とは考えにくい。
それでなぜ、生活費が足りないのか不思議に思っていたのだが、
最近になって、ひとつわかったことがあった。
90歳を過ぎてなお、父は月々、生命保険料を納めていたのだ。
現役世代さながらの取り組みは立派だとも思うが、
父のような高齢者が、この国に相当数いるとすれば、
やはり、それはそれで悩ましい話だ。
生命保険料だけでなく、様々な損害保険料を納めたり、
受給した年金を積み立てに回したりする高齢者も多いだろう。
結局、高齢者が手にしたキャッシュは、
医療費や介護費以外の消費にはいくらも回らず、
金融業界の中を行ったり来たりするばかり。
だが、高齢者が消費しないのは、考えれば当たり前であり、
そのことを問題視するほうが、不自然かもしれない。
多くの高齢者が抱いているのは、長生きすることへの不安なのだから。
よく、「高齢者市場はチャンスがいっぱい」のような文言を見かけるが、
私はそれを鵜呑みにできないと思っている。
市場は数字だけでなく、行動心理も併せて読まなければ意味がない。
【座して特殊詐欺の餌食になるなかれ】
先日、我が家を訪ねてきた旧友と酒を酌み交わした。
話題は、昨今の高齢者をターゲットにした犯罪に及んだ。
酔っぱらいの発想は恐ろしい。
「考えてみると、特殊詐欺は塩漬けになっている資産を、
市場に出回らせる必要悪かもしれない」と。
特殊詐欺には、多くの裏社会関係者が絡む。
情報屋、調査担当、実行担当、集金担当、換金担当、そして犯罪組織本体。
この人たちが奪ったお金を消費すれば、確かに多くのお金が動くし、
動いた額の8~10%が消費税として国にも入るのだから、侮れないと。
むろん、冗談だ。
実際、父がこの手のグループに狙われ、
クレジットカードを騙し取られそうになり、肝を冷やしたことがあった。
こんな連中は、絶対に許さない。
だが、そういう冗談が口を突くほど、
高齢者資産の多くは、容易に動かない現実もある
【今の日本の状況にそぐわない贈与税の高額ぶり】
であれば、資産は、
「使わない世代」から「使う世代」に移動させるしかない。
ところが、贈与にせよ相続にせよ、
ご存じのとおり、一定額を超えると、結構な課税額になる。
とくに悩ましいのが贈与税だ。
先に相続税の話をすると、
相続人ひとり当たり3600万円以下の相続であれば、
相続税はかからず、申告の必要もない。
ところが贈与だと話が違ってくる。
例えば親が18歳以上の子に3600万円を贈与した場合は、
1330万円が贈与税として徴収される。
【計算方法】
●基礎控除後の課税価格 3600万円-110万円=3490万円
●贈与税額 3490万円×50%-415万円=1330万円
また、子が18歳未満であれば、さらに税額は上がり、
実に1519万5000円が徴収されてしまう。
【計算方法】
●基礎控除後の課税価格 3600万円-110万円=3490万円
●贈与税額 3490万円×55%-400万円=1519万5000円
まるで「贈与はするな」と言わんばかりの重税だ。
【現行ルールで注目すべきは「相続時精算課税制度」】
もちろん、贈与税が一定額まで非課税になる措置もある。
まず、1年間の贈与額の合計が110万円以下であれば、
その年の贈与税は非課税。
この方法を地道に続けている人もいるだろう。
また、住宅取得資金や結婚・子育て資金の贈与の場合、
最大1000万円まで非課税になるし、
教育資金の一括贈与なら、最大1500万円まで非課税だ。
一方、資金使途が限定されないのが、
「相続時精算課税制度」で、総額2500万円までの贈与が非課税。
とはいえ、制度の名称が示すとおり、
この制度を利用した場合、相続の際、新たに相続した財産額に、
すでに受け取った2500万円(最大)を加えて相続税額が算出される。
言ってみれば、贈与税の後払いのようなものである。
なお、この制度は60歳以上の父母・祖父母と、
18歳以上の子・孫の間の贈与のみに適用される。
ちなみに「2500万円枠」は、1年間で使い切る必要はなく、
例えば、1年目1000万円、2年目800万円、3年目700万円というように、
複数年に渡って活用することもできる。
現行ルール下で、資金需要が旺盛な現役世代に資産を移動する方法として、
この制度は無視できないだろう。
【贈与には、課税どころか、給付をするくらいが望ましい】
「相続時精算課税制度」の活用は現実的な方策とは思うが、
長く生き続ける可能性を気にする高齢者が、
早い段階での贈与を躊躇する気持ちも理解できる。
結果、若い世代への資産の移動は、
自身が死亡した後の相続で、という考えに傾きやすい。
だが、それでは遅い。
それこそ、我が家の話をすれば、父も高齢者なら私も高齢者だ。
私が若い人たちのように、
活発な消費をする必要性は、日に日に下がっていくのが現実である。
いわば「老老相続」。
これでは、消費活動は活発化しない。
であれば、結局のところ、早めの贈与を強力に推進するしかない。
手始めに、年間110万円の非課税枠を、
220万円、330万円、それ以上に拡大する。
さらに税率を下げたり、控除額を引き上げたりして贈与税減税も行う。
むしろ、消費の停滞を本気で憂えるなら、
一定期間、贈与税制度を凍結する判断もある。
それでもまだ、長生きを心配する高齢者の財布は開かないかもしれない。
であれば、課税とは正反対の方法、
つまり、贈与に対して現金給付(クーポンなどの発行)で応援する策がある。
北風ではなく、太陽で財布を開かせる作戦だ。
ここまでやれば、当然、大きなニュースになり、
資産の世代間移動に拍車がかかるはずだ。
極論に聞こえるかもしれないが、
マイナンバーカード関連で、最大2万円の給付を国民に約束したくらいだ。
高齢者の子や孫に対する贈与を支援するくらい、さもないことだろう。
<一般社団法人起業支援ネットワークNICe 代表理事 増田紀彦>
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「つながり力で起業・新規事業!」
メールマガジンVol.188
(2023.5.22配信)より抜粋して転載しました。
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