小規模事業者と給与所得者の分断
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「増田紀彦の視点 どうする?日本経済」
第116回
小規模事業者と給与所得者の分断
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【アメリカ社会を苦しめる国民同士の対立】
アメリカがかつての威光を失い、
産業、金融、軍事、いずれもが相対的に弱体化するなか、
比較的余裕のあったアメリカ国民の生活にも陰りが見え始め、
その危機感が、アメリカを覆う差別主義と排外主義の芽となった。
こうした傾向を諫めるのではなく、むしろ、
ホワイトナショナリズムを煽ることで票を集めたのがトランプ前大統領だ。
二期目の大統領を狙ったトランプ氏はバイデン氏に破れた。
しかし、トランプ氏が増幅させた思想が下火になったわけではない。
トランプ支持者はより熱狂的になり、
それがアメリカ社会の分断をさらに押し進める要因になっている。
結果、結束できないアメリカの国際社会における地位は低下を余儀なくされ、
今や、中国やロシアの策動をコントロールできない状態にまで至ってしまった。
さらにトランプ氏は、「ウクライナ支援などやめろ」と口にしている。
アメリカ社会の分断は、国際社会の連携にも影を落としかねず、
それがまたアメリカの立場をますます弱いものにしていく。
苦境が分断を招き、分断が苦境を加速させていく……。
【アメリカの困難は対岸の火事か】
とあるアメリカ人が言う。「日本には分断がなくて、羨ましい」と。
本当にそうだろうか?
確かにアメリカのような、深刻な人種間対立はない。
だが、日本に暮らす外国人への差別的制度や、
差別意識は確実に存在している。
男女格差が、いっこうに改善されない現状もあるし、
性的マイノリティーへの理解が進んでいるとも言い難い。
また、水面下にもぐり込んでしまっているが、
アイヌ民族や被差別部落への偏見もいまだに解消されていない。
さらには、世代間の対立も高まっている。
「なぜ、高齢者の面倒を自分たちが見なければならないのか」。
いわゆる年金負担問題での、現役世代の不満は小さくない。
アメリカ同様、経済的な苦しさが特定の人々への不満を生み出す構図が、
すでに日本でも出来上がっている。
アメリカ社会を対岸の火事だと思ってのほほんとしていると、
日本も抜き差しならない事態に陥りかねないと考えるべきだ。
【政策実行のために国民の対立を利用】
本来、国民の対立解消を図るのが政治の役目だと思うが、
実際には、対立を政策実現の道具として利用する考え方もあり、そのために、
国民の中に潜む様々な差別意識や被害者意識を煽る手段が用いられる。
具体的には、マスコミを総動員し、あるいは「有識者」を使って、
「こういう人たちは実はとんでもない連中だ」。
「自分たちだけが甘い汁を吸っている」などと、
憎しみを増幅させるようなことを吹聴するのである。
最近、こうした分断策のターゲットにされているのが、
年商1000万円以下の小規模な会社や個人事業主たちだ。
【益税はウソ。言われなき批判を受ける小規模事業者】
年商1000万円以下の小規模な会社や個人事業主は、
消費税の免税事業者を選択することができる。
ところが、近年、
国の意を受けた専門家や、さらには事情をよく知らない人たちまでもが、
「免税事業者は、客から消費税を取っておきながら、
それを納めないズルいやつらだ」などと言い出している。
あろうことか、その状態を指す「益税」という言葉まで出回ってきた。
そもそも、「益税」などというモノは存在しないし、
そのような法律用語もない。
にもかかわらず、マスコミや一部の専門家は、
「年商1000万円以下の事業者への消費税免税を認める制度や、
年商5000万円以下の事業者への簡易課税を認める制度のせいで、
本来、国庫に入るべき税金のうち、
合計、数千億円規模が事業者の手元に残っている」と主張し、
この事象を指して「益税が生まれている」と言うのである。
だが、普通に考えてみてほしい。
近代国家の日本で、預かった税金を納めず、
そのまま自分のポケットに入れることを認める制度などあるわけがない。
【事業者は、消費者から消費税を預かってはいない】
驚く人も少なからずいると思うが、
消費税は、「商品価格の一部である」という判決が、
1990年に東京地裁で確定し、現在もこの司法判断が維持されている。
消費税は商品価格の一部、つまり対価。
であれば、販売した人の財布に入るのは当然だ。
最近、この問題を巡って、国会でも確認が行われ、
財務大臣政務官が「消費税は預かり税ではない」と明言した。
ところが多くの消費者は、自分は商品代金に加えて、
10%なり、8%なりの「税金」を事業者に預けていると思い込んでいる。
では、消費者に消費税が課されていないのなら、誰に課されているのか?
年間1000万円超を売り上げた事業者に課されている。
該当する事業者は、「消費税」として受け取った代金の中の一定額を、
決められたルールに沿って計算し、国に納める決まりになっている。
つまり、消費者から「消費税」という名の代金を取ったか取らないかは、
納税義務の有無とは関係がないのである。
消費税という名称も良くない。
そんな名前だから、消費者は自分が税金を負担していると思ってしまうし、
だから、自分が預けた税金を国に納めない事業者はズルいと思ってしまう。
これが「売上税」とか「付加価値税」とかなら、
多少は誤解も減ったはずだが、本年10月からのインボイス制度開始を機に、
小規模事業者にまで消費税を納税させようと考える人々にとっては、
かえってこの名称のほうが世論を誘導しやすく、「正解」なのかもしれない。
【何をもって「日本国民の民度は高い」とう言うのか】
インボイス制度は、要は増税である。
高額な社会保障費に苦しみ、可処分所得が減り続ける日本国民に対し、
さらに増税を仕掛けるなど、
国民生活の今と、日本経済の行く末を考えれば、あってはならないことだ。
だが、私が危惧するのは、
国民の財布への攻撃以上に、国民の心への攻撃が功を奏し、
消費税の免税事業者を悪く言う人や、
それこそ「悪者は許さん」とばかりに、
取引に際して免税事業者を冷遇しようとする企業が現れ始めていることだ。
コロナが広がりだして間もなかった頃、
自民党の麻生氏が「日本は民度が違う」と威張っていた記憶があるが、
本当に私たちの民度は高いのだろうか……。
【マスコミを使って政治的キャンペーンを繰り返す日本】
振り返ると、国が何かをしようとするとき、
必ず、その何かに抵抗しそうな人たちを悪者にし、
そのイメージを定着させるためのキャンペーンが張られてきた。
国鉄の分割民営化のときには、
パンを食べながら電車を運転している運転士の様子が連日ニュースに出たし、
郵政民営化のときには、
独立採算で運営されている郵政の事実には触れず、
「民営化で24万人の国家公務員を減らせる」などと吹いて回っていた。
運輸省から道路特定財源を取り上げ、一般財源にするときには、
運輸省幹部の「居酒屋タクシー」問題が暴露されたし、
JA全中を解体するときには、
全中が農協に対して実施する監査の質が低いと、ボロクソに言われた。
そして、10月からのインボイス制度の導入に際しては、
免税事業者が、税金を自分のものにしているなどと難クセを付けられている。
こうした政治的キャンペーンに、
私たちは、いつも乗せられてきたような気がする。
【次に狙われるのは、給与所得者かもしれない】
やられたらやり返す。
倍返しか、半返しかはわからないが、
「益税だ、ズルだ」と悪者扱いされ、
結果、インボイスで収入まで減らす羽目になる免税事業者が、
今度は雇用契約で働く人々を攻撃する側に回るかもしれない。
すでに、そういう空気を煽る情報も出回り始めている。
「そう言えば、給与所得控除っておかしくない?」。
「サラリーマンは、そんなに経費を使わないでしょ」。
「だったら、給与所得控除なんて廃止すべきだ」と。
「おいおい、冗談じゃないぜ」と思う人も少なくないだろう。
私も給与所得者の端くれなので、勘弁してくれと言いたい。
だが、これまでも各種の所得控除が廃止されたり、縮小されたりしてきた。
給与所得控除を廃止しないまでも、控除額の上限を引き下げれば、
かなりの税収アップが見込めることは間違いない。
【小規模事業者と給与所得者が力を合わせて経済成長を!】
かくして、小規模事業者と給与所得者のケンカが始まる。
というか、ケンカをするように仕向けられる。
その策略にまんまとはまり、「あいつらにこそ、増税すべき」といがみ合い、
結局、誰もが所得を減らしていくような国と国民に未来はあるのだろうか。
「税収増えて、人心荒廃す」。これでは、元も子もない。
いがみ合いなどせず、
小規模事業者と給与所得者が力を合わせて日本経済を盛り立てていくべきだ。
NICeが提唱する「つながり力の強化」は、
今や起業家や経営者のためだけにあるのではなく、
全国民に伝播すべき言葉だと痛感する。
<一般社団法人起業支援ネットワークNICe 代表理事 増田紀彦>
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「つながり力で起業・新規事業!」
メールマガジンVol.192
(2023.7.21配信)より抜粋して転載しました。
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