ビジネスモデル崩壊時代の経営判断
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「増田紀彦の視点 どうする?日本経済」
第117回 ビジネスモデル崩壊時代の経営判断
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【衝撃が走った食堂運営会社ホーユーの破綻】
食堂運営会社のホーユーが、
運営を受託する食堂の営業を次々と停止したことが大きなニュースになった。
同社の山浦社長は、
「ソフトランディングするため、関係各位と交渉してきたが、
かなわなかったので苦渋の決断をした。
食材費や人件費は高騰しているが、業界は非常に安い。
ビジネスモデルは崩壊している」と取材に答えている。
このセリフを耳にして、
思わずドキっとした経営者も多かったのではないだろうか。
【そもそもビジネスモデルとは?】
山浦社長が崩壊していると語った「ビジネスモデル」の意味について、
あらためて、確認したい。
端的に言えば、事業によって収益を挙げ続けるための仕組みのことだ。
細かく言えば、どこから、何を、どのように、いくらで仕入れ、
それを誰が、どのように、いくらで、何に変え、
さらにそれを、誰に、どのように、いくらで売るかという仕組みである。
仕組みとは、複数の要素を効果的・効率的に組み合わせた目的達成手段である。
したがって、複数ある要素のうちの一つに支障が生じても仕組みは崩れるし、
各要素は健全でも、それらの関係性に支障が生じれば、やはり同じことになる。
【不断の改善がビジネスモデルを維持する】
つまり、経営者の基本的な任務とは、
ビジネスモデルを構成する、これらすべての要素に支障がないか、
また、それらのつながりに問題がないか、
今はないとしても、将来的に支障が生じる危険性がないかを探り、
問題を生じさせないよう、策を講じ続けることである。
原材料が調達できなければ、代替品を探す。
物流手段が確保できなければ別の方法を考える。
人材が足りないなら、人手に変わる労働力を導入する。
資金繰りに難があるなら、決済方法や資産のあり方を見直す。
顧客数が伸びないなら、営業方法や宣伝方法を変更する。
顧客の評価が下がっているなら、商品やサービスの質と量を考え直す。
利益が薄いなら、より利益率の高い新商品を開発する。
また、組織や人材、コンプライアンスなども注視し続ける必要がある。
こうした取り組みのすべてが功を奏して初めて、
ビジネスモデルは維持される。
【崩壊しているなら、新たなモデルを構築すべき】
では、ホーユーは本当に、
ビジネスモデルを維持するための取り組みに全力を傾注したのだろうか?
経営者に問えば、「もちろん、頑張った」と答えるだろう。
取引先に対し、値上げを受け入れてもらえるよう、粉骨砕身したと思う。
だが、経営破綻を避けられなかったということは、
その努力の方向や打ち手の選択が間違っていたということだ。
厳しく言わせてもらえば、
ビジネスモデルが崩壊していると思うのなら、
新たなビジネスモデルの構築に取り組むのが経営者の仕事である。
崩壊している仕組みの中に留まったまま、
改善を模索したところで、どうにもならないではないか。
【思考停止に陥る前に、経営者としての判断を】
経営者の中には、苦境に立たされ続けた結果、
思考停止状態に陥ってしまう人がいる。
それどころか、雲隠れしてしまう人もいるし、
心を病んでしまう人もいる。
残念だが、自ら命を絶ってしまう人もいる。
実際にそういう人を、私は何人も見てきた。
ホーユーの経営者が、そんなことにならないよう祈るばかりだ。
事業家として成功を収めることだけが、人生の幸福ではないのだから。
そして、すべての経営者にお願いしたい。
思考停止するほどのピンチを招く前に、経営上の問題点を抽出し、
その問題が、現状のビジネスモデルを維持したままで解決できることか、
そうではなく、ビジネスモデル自体を見直さないと解決できないことかを、
冷静に判断してほしい。
判断が難しければ、人に相談すればいい。
崩壊は、考えることをやめた時点で確定的になる。
【食品・外食産業全体を襲う経営環境の悪化】
もっとも、ホーユーが投げ掛けた問題は、
単に同社の経営ミスで片付けることのできない話である。
学校や学生寮での食事が提供されなくなったという、
インパクトの大きさゆえ、全国ニュースになったが、
給食業界全体がピンチに立たされていることは事実だ。
いや、給食だけでなく、弁当店しかり、デリカ専門店しかり、
あるいは様々な業態の飲食店もしかりである。
事実、食材費や資材費、水光熱費の上昇はすさまじい。
東京商工リサーチによれば、
今年8月までのラーメン店の倒産が28件に達し、
前年同時期と比べて3.5倍と急増。
このままだと、年間の倒産件数が過去最多になる可能性があるという。
【値上げを阻む実質賃金の連続的な下落】
もともと農産物、水産物、畜産物のどれをとっても、
国産の原料をメインにすれば、適正原価率が維持できず、
多くの材料を輸入品に依存してきた食品・外食産業である。
だが、その輸入品が、価格高騰+輸送費高騰+円安で、
へたをすれば国産と変わらない仕入れ値に達してしまっている。
それなら値上げをすればいいと考える人もいるだろうが、
9月8日に発表された7月の実質賃金は16カ月連続で前年を下回り、
マイナス幅は2カ月連続で前月から拡大している。
様々な家計費が上昇している状況で、
給食費を含む食費の支出がこれ以上増えることに耐えられないのが、
日本の家庭の平均的な財布事情だ。
だから、業界も値上げをできない現実がある。
そういう意味で、ホーユーの破綻は、
業界全体のビジネスモデルが危機に瀕していることの象徴とも言える。
【労働集約型産業のすべてが危ない】
ことは食品・外食産業に限らない。
原料や材料を海外に依存するタイプの労働集約型産業は、
基本的に同じ課題を抱えている。
衣類や靴、家具、玩具などを製造する軽工業、流通業、宿泊業、
運送業、介護業、理美容業、清掃業、塗装業、自動車修理業、建設業……。
これらの業界は、いずれも人手不足が常態化し、
それをクリアしようと、泣く泣く賃上げを決めたところに、
原料や資材価格、物流費や水光熱費の上昇が襲いかかり、
にもかかわらず価格アップができず、苦しい経営を強いられている。
20年以上続く我が国のデフレーションが、
労働集約型産業のビジネスモデルを一律に、
低コスト・低価格型に追い込んでしまったことが要因だ。
しかも、高い価格を付けられないデフレ状態でありながら、
コストプッシュ型のインフレが発生するという、
かつて経験したことのない事態に日本経済は見舞われている。
もはや、業界一律のモデルが通用すると考えるほうが無理な時代なのだ。
【ビジネスモデルを少し変えることから始めよう!】
であれば、一刻も早くビジネスモデルを見直すことが、
これらの業界の経営者に求められる。
とはいえ、現業とまるで異なる業種に進出すべき、という話ではない。
培った強みを生かして、より成長性の高い分野、
あるいは、より利益率の高い分野へと、
事業内容を「ちょっとずらしていく」ことから始めるといい。
理美容業を例にすれば、
オーダーメイドウィッグのメーカーと連携し、
かつらと自毛との調整作業を請け負うことで、
通常の商圏より広い範囲からリピーターを確保している成功例もある。
反対に、理美容店を利用する顧客層を絞り込むことで、
顧客満足と生産性を同時に上げているケースもある。
カットだけ、カラーリングだけなどはその代表例だが、
中には、キャバクラ嬢と呼ばれる人たちの、
ヘアスタイルをセットするだけの美容室もある。
この業態なら、どこに出店するのが正解か、
何時から何時まで営業するのが正解か、容易に判断がつく。
人が住めるほど快適な畜舎を建てる工務店もある。
いわゆる事故物件の清掃を専門にする清掃会社もある。
クルマの所有者の自宅に出向く洗車サービスもある。
高齢者や障がい者の旅行同行に特化した介護サービスもある。
英会話教室を兼ねた料理教室もある。
いろいろある。
ビジネスモデルは、いくらでも開発できる。
自社の経営資源を再発見・再認識し、
その力が求められる新たな土俵を、血眼になって探すこと。
合わせて、その事業を短期間で軌道に乗せるために、
力になってくれる連携相手を探し出すこと。
ビジネスモデル崩壊時代の経営者が、イの一番に取り組む仕事がこれだ。
<一般社団法人起業支援ネットワークNICe 代表理事 増田紀彦>
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「つながり力で起業・新規事業!」
メールマガジンVol.195
(2023.9.21配信)より抜粋して転載しました。
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