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厳しさを増す経済・経営環境に立ち向かうために、NICe増田代表理事が送る、視点・分析・メッセージ 。21日配信のNICeメルマガシリーズコンテンツです。
「人新世」のニュービジネス



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 「増田紀彦の視点 どうする?日本経済」

 第110回 
 「人新世」のニュービジネス
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【「ふくしまベンチャーアワード」にメンターとして協力】

2023年の私の本格的な初仕事は、1月12日に福島県福島市で開催された、
「ふくしまベンチャーアワード2022」の最終選考会への出席だった。

当日の会場を満たした熱気と知の交錯ぶりは、
世界経済の混迷を吹き飛ばすような希望を私に抱かせた。

どんな状況でも、人間は前に進めるのだと。

考えてみれば、あの東日本大震災と原発事故の後に、
開催されるようになった「ふくしまベンチャーアワード」である。
苦境をものともしない、いや、むしろピンチをチャンスに変える思想が、
脈々と受け継がれ、伝統にまで高められてきたのかもしれない。

今回がちょうど10回目の開催となる同アワードは、
エントリー数が過去最多の74件に達する激戦となった。

私は、一次審査を突破して二次審査へと進む人、
さらに二次審査を突破して最終選考会へと進む人たちに対するメンターとして、
プレゼン方法や資料の作成方法などについてのアドバイスを送った。

短時間のプレゼンテーションにおいて、プランの素晴らしさを、
審査員にどう伝えるか、響かせるか、胸を打たせるかを、私も必死で考えた。

その思いが天に通じたのか、
最優秀賞1名と、優秀賞3名のうちの2名が、私の担当プランから選出された。

とはいえ、私は事業内容には、かけらも踏み込んでいない。
あくまで、プレゼンを成功させることが私の任務だし、
そもそもプランの出来栄えは、私が口を挟む余地などないレベルだった。


【「コーヒー生産は奴隷労働の延長」の衝撃】

最終審査会の当日、私は会場の最前列中央に陣取って、
自分が受け持った起業家たちのプレゼンにエールを送り続けた。

だが、担当した以外のプランも負けず劣らず素晴らしく、
途中から、賞の行方などどうでもよくなり、
ファイナリストのプランが社会の財産になるようにと念じ、
私ができることがあるなら、具体的な力になりたいとも思った。

そうしたプランの中でも、とくに私の心に刺さったのが、
いわき市の「珈琲焙煎所 ぼうし」さんの発表だった。

プレゼンタイトルは、
「コーヒーをさらにサステナブルに。
小さな焙煎所から始まり紡いでいくコーヒーの物語り」。

タイトルから感じ取れるかもしれないが、
ぼうしさんのプレゼンは奥ゆかしいものだ。

実際、プレゼンの冒頭、オーナーの坪井敦さんは応募動機について、
「コーヒーの商流がどうなっているのか、知ってもらうことが目的」と語り、
「何がなんでも賞を取るぞ!」的な熱さを見せることはなかった。

だが、静かに語られた、
「コーヒー生産は、奴隷労働、植民地労働の延長」というフレーズに、
私も会場も緊張を隠すことができなくなった。


【私が、あなたが、気候変動に加担している】

話は少し前に遡る。私はこの年末年始の休みを利用し、
斎藤幸平氏が記した力作、『人新世の「資本論」』を読み込んだ。

タイトルにある「人新世」とは、
人類が地球の地質や生態系に与えた影響に注目した地質時代区分のことで、
現代もその中に含まれている。

同書の第一章「気候変動と帝国式生活様式」において、
斎藤氏は、グローバルノース(北半球)で誕生した資本主義は、
グローバルサウス(南半球)の人々の労働の搾取と資源の収奪により成長し、
さらに、それらの地域の環境を破壊することで生き延びていることを、
具体的な事例とデータを使って暴いている。

例えば、日本でも高品質と人気の高いパーム油について、
斎藤氏はわかりやすく、その実情を記す。

油の原料となる椰子の実は、
主にマレーシアやインドネシアで生産されており、
圃場はジャングルを開墾して作られる。

そうした土地に大雨が降れば、土砂が川に流れ込む。
土砂には農薬や化学肥料も含まれており、
その地域で暮らしていた人々のタンパク源である川魚が取れなくなる。

漁ができなくなった人々は、
金銭で別のタンパク源を買い求めるしかない。

だが、椰子の実の売上だけでは、とても食費を賄えない。
仕方なく、人々はオランウータンやトラを捕獲し、密輸業者へ売り渡す。
貴重な野生動物の種が危機に瀕することはもちろん、
密猟が摘発されれば、その人たちは刑務所送りになってしまう。

グローバルサウスの人々の、あまりにも過酷な犠牲のうえに、
私たち日本人や「先進各国」の豊かな生活が成り立っている。

私たちが「美味い」と思って飲んだり、
美味いとも何とも思わずに飲んだりするコーヒーもまた、同じような話だ。


【想像を絶する、コーヒー豆の生産原価の安さ】

コーヒーは、どこで誰が、どのように生産しているのか、
そもそも、コーヒーの原価がどれほどなのか、私たちは無知である。

一般的にコーヒーの原価率は5~10%程度と言われている。
1杯500円の売値なら、原価は25~50円である。

しかし、ここで言う原価とは、
喫茶店が商社から豆を仕入れる際の価格であり、生産原価のことではない。

卸値が25円とすれば、そのうち輸送費が4円、商社の取り分が11円となり、
生産地の取り分は10円になる。そこから精製所が少なくとも半分を取るので、
生産者の取り分は5円前後。生産原価率、実に1%。

もっとも、小売価格を500円と設定しての話である。
近年増えている100円程度のコーヒーの生産原価ともなれば、
さらに生産者の取り分は少なくなるだろう。

「珈琲焙煎所 ぼうし」さんが質疑応答で行った説明によれば、
1本のコーヒーの木から平均40杯分の豆が収穫できるそうだ。
ということは、5円×40杯=800円。

栽培面積が大きい農園なら500本程度育てているから、
800円×500本で、年収は40万円。
そこから経費を差し引けば、1年間の所得は20万円程度かもしれない。

安い。安すぎる……。

誰かの豊かさは、誰かの貧しさで保証されている。


【「外国のことなど知らない」は、もう通用しなくなる】

「顔の見える農産物」という言葉があるが、
コーヒーやバナナ、アボカドなど、
ほぼ輸入に頼っている農産物の生産者の顔を、私たちは知らない。
その人たちの暮らしや、その地域の環境など、まるで知らない。

知らないから、私たちは何も気にすることなく、
デフレに対応した(それが余計にデフレを加速させるが)、
安価な食品や安価な飲料を口にし、
安価なファストファッションに身を包んで、日々を送ることができている。
(服の原料となる綿花もまた、輸入農産物である)

斎藤幸平氏の『人新世の「資本論」』は、
私たちが知らなかったこと、いや、うすうす気付いていながら、
その事実と自らの生活とを結び付けて考えてこなかったことを、問答無用に繙く。

もし、この世の現実に触れず、罪悪感を抱くことなく、
今の生活を守りたいなら、『人新世の「資本論」』は読まないほうがいい。

もっとも、同書に目を通さなくても、資本主義が犯した罪を、
私たちは早晩知ることになるだろう。いや、すでに知り始めている。
我が国で多発する水害は、その一例だ。

斎藤氏は言う。
「このままでは、資本主義が終焉する前に、地球が滅びるだろう」と。


【小さくてもいい。他者と地球に犠牲を強いないビジネスを!】

「ふくしまベンチャーアワード2022」のファイナリストの多くが、
こうした環境問題の解決に取り組むプランを発表した。

「珈琲焙煎所 ぼうし」さんは、ダイレクトトレードで、
コーヒー生産者により多くの支払いを実行するかたわら、
産地直送ならではの豆用麻袋を再利用し、バッグ製造にも取り組む。

最優秀賞を受賞したトレ食株式会社さんは、
ミカンの皮やスイカの皮、籾殻などから、
セルロース(プラスチックの原料)を、低コストで取り出す技術を確立し、
化石燃料利用の削減と廃棄植物の有効活用の活路を示した。

優秀賞を受賞した株式会社いなびしさんは、
温暖化の影響で猪苗代湖に大量発生した菱(水生植物)が、
水質を悪化させていることを解決しようと、
菱を刈り取り、その実を食品として提供することに成功。

また、特別賞を受賞した一般社団法人モクティ倶楽部さんは、
森林の再造林活動に取り組み、
同じく特別賞受賞のIchido株式会社さんは、
廃棄される花卉から酵母を抽出し、
それを用いたリキュール製造に取りかかっている。

どの事業も立派だが、どの事業も小さい。

だが、私は小さくていいと思っている。

事業拡大による利潤の拡大を目指せば、
結局、そのツケを誰かに押しつけることになるからだ。

「人新世」の新規事業は、
人と環境の犠牲の上に成り立たない規模のほうがいい。

大事なことは、世界全体がそれを目指すこと。
一つ一つが小さくても、全体が増えれば、影響と効果は大きくなる。

起業を目指す人や、すでに事業を行っている人は、
自社が用いる原料や部品、道具や人々の労働について理解を深め、
いかにして貧困と環境破壊を防ぐことができるのかを、事業の核心に据えてほしい。

2023年、まずはそこからだ。

<一般社団法人起業支援ネットワークNICe 代表理事 増田紀彦>

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「つながり力で起業・新規事業!」メールマガジンVol.180
(2023.1.23配信)より抜粋して転載しました。
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