これからが本番だったのに
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「増田紀彦の視点 どうする?日本経済」
第104回 これからが本番だったのに
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【私の「目安」だった安倍晋三氏】
「安倍氏、狙撃されて心肺停止」。
その報に触れてから10分、20分と時間が経つにつれ、
私は得体の知れない固形物を飲み込み、
それが胃の上でとどまっているような、重苦しい気分になっていった。
謎の固形物の正体は、
何種類もの思いが混じった、処理困難な感情だったかもしれない。
あるいは、説明仕切れない「嫌な予感」だったかもしれない。
安倍晋三氏は、良くも悪くも、私の「目安」だった。
彼の発言や政策の背景を考え、彼の思想の出所を探り、
一方で、彼の至らなさの理由に思いを巡らせた。
そして、首相である彼の方針を批判することで、
私はこれからの日本経済のあり方を求めようと努めてきた。
安倍氏に限らず、いつの時代の宰相も、
手放しで褒め讃えられることなどない。必ず厳しい批判にさらされる。
ましてや安倍政権のように長期化すれば、ツッコミどころは増えるばかりだ。
深刻なデフレ下で二度も消費税増税を行い、日本経済を弱体化させたこと。
森友や加計、桜などの問題への説明責任を果たさなかったこと。
アベノマスクで貴重な国家予算をムダにしてしまったこと、などなど。
安倍氏の政治信条の是非は置いておくとしても、これらは明らかな汚点だ。
だが私は、それでも「安倍氏は見どころのある人かもしれない……」。
そんな思いを胸のかたすみに抱き続けてきた。
【消費税率10%への移行を合計4年間延期】
安倍氏に対してそういう印象を持ったきっかけは、
消費税率8%から10%への増税を、二度延期した当時のことだ。
2014年4月、5%だった消費税率を8%に引き上げたのは安倍政権だが、
増税後の消費が落ち込んだことを悔いた安倍氏は、
2015年10月に、税率を10%に引き上げることが決まっていながら、
それを2017年4月までの1年6カ月間、延期することを決めた。
その後、新興国経済の失速状況を見て、再び延期を決定。
最終的には2019年10月まで、10%への増税を先送りしたのである。
振り返れば、既定の2015年10月から、実に4年間も増税を見送ったわけだ。
結局は増税したのだから、「安倍さん、よくやった」とは言えないが、
もし、4年間の延期がなければ、日本経済のピンチは今の比ではなかっただろう。
【増税に悩む姿に抱いた好感】
もっとも「見どころがある」と思った理由は、増税の延期自体ではなく、
既定の期日どおりに増税するかどうかを、
迷いに迷い、悩みに悩んでいる姿に、微かな好感を抱いたからだった。
財政黒字化(PB健全化)路線を維持するのか、
それとも、経済の立て直しを優先するのか、二律背反に直面した結果、
増税断行でもなければ、増税撤回でもなく、
二度の延期という「逃げ道」を選んだことが、安倍氏の苦悩を表している。
だが、私はこう思う。
悩み苦しむ人は、成長する人だと。
反対に、いとも簡単に硬直的な判断を下す人は、もはやそこまでだ。
【自民党の野党時代が安倍氏育てた】
安倍氏も、当初は緊縮財政賛成・財政黒字化支持の立場だった。
ところが、そんな安倍氏が積極財政へと考えが傾いたのは、
皮肉にも、民主党に政権を奪われた時代だった。
安倍氏はこう述懐している。
「東日本大震災の復興をどうするかを与野党で議論し、
国民からの税負担で復興費用に充てるということになった。
その時、『これだけ負荷を感じている国民に、
さらに負荷を重ねるのは間違っているのではないか』、
という素朴な疑問を持ち、こういう時は税ではなく、
国債によって思い切った財政出動をすべきではないかと考えた」と。
勉強になるエピソードだ。
もし、自民党が与党のままだったら、安倍氏はこんな思いを抱いただろうか。
野に下った経験が、安倍氏のその後の成長の糧になったのだ。
【財政の黒字化か、日本経済の活性化か】
財政黒字化の問題点は、
政府収支+家計収支+企業収支+外国収支=0である以上、
政府収支が黒字になるということは、
家計、企業、外国のいずれか、またはすべてが赤字になる点にある。
家計や企業が赤字であれば、当然、所得税収も法人税収も伸びない。
そこで財務省は、所得の多寡に関係なく徴収できる消費税にこだわる。
もちろん消費税増税は、家計や企業収益のさらなる悪化を招く。
まさに悪循環!
だから私は日本経済再生のためには、財政黒字化目標を棚上げし、
財政出動(積極財政)に舵を切るべきだと主張してきた。
実は安倍氏も後になって、
「PB目標に向かって、やや緊縮的な政策を取る必要はなかったと思う」と、
財政出動の不足や二度の消費税増税を悔やんだ。
【首相を退いた本当の理由(推測)】
ひとつ思うことがある。
安倍氏が突然、首相を辞任した理由だ。
健康上の理由と語られてきたが、本当にそれだけだろうか。
私は、昨今の日本の総理大臣という立場では、
思うような仕事ができないと考えての辞任だと推測している。
首相の職は、むやみやたらに多忙だ。
ましてや政権が長期化すれば綻びも生じ、それらへの対応も迫られてくる。
であれば、むしろ後ろに回り、大きな勢力(党内派閥)を率いることで、
官僚組織が政権をコントロールしようとすることに睨みを利かせ、対抗し、
省庁自身の利益追求に歯止めをかけ、国の利益を守ろうとしたのかもしれない。
もちろん、この見立ては私の推測に過ぎない。
だが、首相を辞任して以降の安倍氏は、財政出動を嫌がる財務省を批判し、
積極財政の道を開こうと力を振るい始めていた。
【ついに積極財政派が動き出した!】
今年2月、自民党の若手有志による、
「責任ある積極財政を推進する議員連盟」が発足し、
その設立総会で安倍氏が熱弁を振るったことはよく知られている。
そして6月。ついに、安倍氏は勝利を収める。
今年度の「骨太の方針」の文言をめぐる攻防の結果、
財政黒字化方針から、達成時期に関する記述を削除させることに成功したのだ。
これまでのように「2025年黒字化」を明記すれば、残りはわずか3年。
目標達成にこだわれば、その間、財政(支出)を抑え、
さらに増税を図る必要に迫られるが、方針から期限を外してしまえば、
日本経済の状況に応じた財政方針が柔軟に打ち出せるのである。
マスコミは、このニュースをあまり大きく取り上げなかったが、
私は、日本の財政や経済が大きく変わる出来事だと思った。
なのに……。
本当に「いよいよ、これから」だったのに……。
【官民がひとつになって、日本経済の復活を!】
安倍氏なき今、自民党の中に財務省や党内緊縮財政派を敵に回して、
岸田政権に積極財政を働きかけられる人物が果たしているのだろうか。
事件直後に私が抱いた「嫌な予感」とは、この不安だったのかもしれない。
だが、嘆いていても仕方ない。
安倍氏が積極財政を推進しようと腹を固めたのは、
長く続く緊縮財政とデフレによって、
日本の家計や企業が苦しんでいる様子を理解したからだ。
だから私たちはこれからも、
「このままではダメだ」と、声を上げ続けていくことが必要だ。
物価高騰に加え、新型コロナ感染症がまたまた拡大しはじめた今、
民需がアップするようなトレンドには、とうていならない。
であれば、官需(国の財政出動)を高めていくしか、
日本経済を好転させる方シナリオはないだろう。
言うまでもないが、国に「もっと金を出せ」と言う以上、
私たち経営者は、その金を有効に使って経済活性化に資する義務がある。
官も頑張る。民も頑張る。
そうやって日本経済が再び羽ばたく姿を、故・安倍晋三氏に届けたい。
<一般社団法人起業支援ネットワークNICe 代表理事 増田紀彦>
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「つながり力で起業・新規事業!」メールマガジンVol.169
(2022.7.21配信)より抜粋して転載しました。
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