深刻度から見たグローバルリスク・ベスト10
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「増田紀彦の視点 どうする?日本経済」
第98回 深刻度から見たグローバルリスク・ベスト10
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【トンガで起業した、私の恩人のお嬢さん】
私の起業を力強く押ししてくれた前勤務先の社長こそ、
我が人生、最高の恩人だ。
すでに故人になってしまったが、数年前、
テレビのドキュメント番組に恩人のお嬢さんが出演をしているのを見て、
「たくましい血筋は受け継がれていくのだな」と、胸を熱くした。
お嬢さんは、トンガ王国でリゾート施設を経営している。
日本から8000kmも離れた遠い島国で起業し、
しっかりと家族を支えている姿は、お父上の生き写しのようだった。
同国在住の日本人はさほど多くないが、
彼女は、かつて岩手県釜石市に暮らしていて、
そこで、あの3.11に襲われ、縁あってトンガへ移り住んだ。
そんな彼女を、またしても津波が襲った。
ニュースなどでは、トンガ在住の日本人は無事と伝えているが、
どのくらいの被害なのか、今のところわからず、心配だ。
気丈な人だから、むしろ、周囲を励ましながら頑張っているとは思うが……。
【日本人の1%が海外で暮らしている現実】
今回のトンガの事態は、2つの「現代のリスク」を象徴している。
ひとつは、グローバリゼーションのリスクだ。
テクノロジーの進化は、経済や文化が国や地域の垣根を超え、
世界規模で拡大していくことを可能にし、
ヒト、モノ、カネには、実質、国境が存在しなくなった。
昨年10月に発表された外務省の「海外在留邦人数調査統計」によれば、
2020年には、およそ135万人の日本人が、海外で暮らしているという。
実に日本人の1%に達する人数である。
2010年は約114万人、2000年は約81万人、1990年は約62万だったから、
30年の間に、海外在留邦人は倍以上増加したことになる。
まさにグローバリゼーションと軌を一にする傾向だ。
この数の日本人が、しかも、世界中のありとあらゆる国や地域で暮らしている。
戦乱が絶えない場所、人種差別が根強い場所、理解しがたいルールがある場所、
風土病がある場所、インフラがほとんど整備されないない場所、
過酷な自然条件に晒されている場所、気候変動の影響を受けている場所……。
ここまで世界に広がった日本人の暮らしと財産と生命を、
政府は守ることができるのだろうか?
ここ2年間の感染症対策などを見ている限り、
国内在住日本人の生命すら守りきれていないというのに。
【自然の威力はいつでも「想定外」だ】
トンガが示したもうひとつのリスクは、自然の脅威だ。
前述したように、トンガと日本とはおよそ8000km隔たっている。
その遠い場所の海底火山の噴火が引き起こした津波が、
よもや日本に到達しようとは……。
珍しく深夜までテレビを付けていた私は、
突然、画面が切り替わり、「津波警報が出されました!」、
というアナウンサーの声に、身が凍る思いだった。
「奄美大島に3mの津波到達の予測」。
否が応でも、東日本大震災を思い出す。
あのとき、実際、各地を襲った津波の高さは、
当初発表されていた津波の高さよりも高かった。
今回も実際どうなるのか、わからない。
どこに、どれだけの高さの津波が来るのか?
私は明け方まで、眠ることができなかった。
結果的に、今回は予測よりも低いほうにずれたが、
逆だったら、日本列島はどんな事態に陥っていたことか……。
【今年から10年間の深刻なグローバルリスク】
1月に入って、世界経済フォーラム(WEF)は、
2022年のグローバルリスクレポートを公表し、今年以降10年間の、
深刻度から見たグローバルリスク・ベスト10を発表した。
1位 気候変動への適応(あるいは対応)の失敗
2位 異常気象
3位 生物多様性の喪失
4位 社会的結束の侵食
5位 生活破綻(生活苦)
6位 感染症の広がり
7位 人為的な環境災害
8位 天然資源危機
9位 債務危機
10位 地経学的対立
異論はないどころか、どれもこれも思い当たるフシばかりである。
ただ、少し驚いたのが、「地経学的対立」がベスト10の最下位だったことだ。
【目に見えるリスクと、目に見えないリスク】
「地経学的対立」とは、利益が相反する国家間の争闘が、
軍事的衝突よりも経済的衝突を中心にして深刻化していくことである。
つまりは、「台湾有事」や「ウクライナ問題」などより、
米中冷戦を筆頭とする経済的対立のほうが、より深刻度が高いということだ。
「なるほど」とは思うが、これとてベスト10の10位でしかない。
グローバルリスクのトップ3は、地球環境関連だった。
それに続くのが人々の分断や格差、
下位にいたって、経済や資源の問題が登場してくる。
ところが私はもちろん、少なからぬ人々にとってのリスクイメージは、
WEFのランキングとは、逆なのではないだろうか。
つまり、戦争の勃発や経済対立の深刻化、
これらと絡む生活の貧困化や心の貧困化、そして感染症。
そのあとに環境問題がついて来るという順序である。
本質的な深刻度よりも、
やはり私(たち)は、目に見える形で進行する危機に意識が向いてしまう。
【小松左京氏の「予言」はフィクションだが……】
年始休みの間に、ためこんでいたドラマの録画を一気見した。
その中のひとつが、『日本沈没 -希望のひと-』だった。
ご存じ、小松左京氏の小説を原作とするドラマだが、
近年の環境問題や資源問題をストーリーの根幹に据えた脚本が、
えも言われぬ「現実感」を醸し出していて、衝撃を受けた。
そこに、「トンガから津波」のニュースだ。
俗に言う、「ドラマの見すぎ」のきらいはあるだろうが、
だからと言って、「実際には何も起きるはずがない」などとは思えない。
むしろ、何かが起きると思って、国は国のレベルで、地域は地域のレベルで、
そして私たち民間は、民間なりに対策を講じるべきだ。
【官民ともに危機対策スタッフの増強を】
そうは言っても、目に見えない危機に対して、
行動を起こせる人は、決して多くないだろう。
であれば、それを仕事にする人、
リスクから生活や財産や生命を守ることを任務にする人を、
もっと増やすことが現実的な対策ではないだろうか。
自衛隊や海保、警察や消防の増強に限らず、
多くの人が、「まさか」と思うような事柄に対し、
その「まさか」が起こらないためにできることを考え、実行し、
それでも「まさか」が起きてしまった場合に、
何を、どうするかを具体的に指示・実行できる組織や人材を、
企業レベルにおいても配置すべきだと私は思う。
【前例にとらわれない大胆な危機回避策を!】
また、リスク対策に取り組む企業や団体を、
国が強力にバックアップしていく仕組みも必要だ。
とくに規模の小さな企業の経営者の中には、
利益を生むわけではなく、何も起こらないかもしれないことに対して、
人材を配置するなど、とてもできないと考える人がいるはずだ。
いや、理屈はわかるが無理だ、という人のほうが多いだろう。
だからこそ、費用的な支援を含めた国の関与が不可欠だ。
それをやっても、まだ足りないと私は思っている。
今回の噴火津波に際し、避難指示を発令した自治体は数々あったが、
実際に避難した人の数は、ほんの一握りだった。
私たちは、「たかをくくる」習性がある。
恐怖に支配されないようにしようとする傾向がある。
この「脳の壁」を打ち破る強い力が、今の日本には欠けている。
「ちゃんと避難した人には、所得税や住民税を減免する」、
これくらいのことをすれば、少しは話が変わるのだろうか。
決して冗談ではない。
金で命が救えるのなら、安いものだ。
異常気象や気候変動が地球全体を襲う時代、
そして地球のどこかで起きた問題が、
瞬く間に世界に波及するグローバリゼーションの時代に私たちは生きている。
前例にとらわれて、打つべき手を打たないことは、もう許されない。
<一般社団法人起業支援ネットワークNICe 代表理事 増田紀彦>
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「つながり力で起業・新規事業!」メールマガジンVol.157
(2022.1.21配信)より抜粋して転載しました。
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