増田通信より「ふ~ん なるほどねえ」230 まるで名画のような
・
──▼─────────────────
<最近の自分> まるで名画のような
──▼─────────────────
美しい旋律と美しい言葉を持ち、
両者がこの上ない相性の好さを奏でている。
名高い歌曲とは、そういうものだと思う。
個人的にはシューベルトの作品に心惹かれる。
『春の夢』や『菩提樹』は、私の美意識の源流にあるメロディだ。
もちろんクラシックに限らず、アメリカ音楽の父・フォスターの、
『Beautiful Dreamer』や『金髪のジェニー』などの郷愁歌も胸に響くし、
ジャズやゴスペルやロックにも、気持ちが澄み渡るような美しい曲がある。
しかし、これら名作の上を行くのが映画の主題歌だろう。
なんせ「美しい旋律と美しい言葉」に「美しい映像」が加わるのだから強い。
もっとも主題歌ではなく挿入歌にも名作は多い。
「ティファニーで朝食を」の『Moon River』や、
「マイ・フェア・レディ」の『君住む街角』などは長く歌い続けられているし、
「カサブランカ」の『As time goes by』も、挿入歌だったかもしれない。
ちなみに名曲挿入歌の宝庫は、なんと言っても「ゴットファーザー」だが、
この話は始めると長くなるので、また別の機会に。
主題歌に話を戻すと、やはり最初に頭の中を流れるのは、
「慕情」の『LOVE IS A MANY-SPLENDORED THING」だ。
ロケ地となった香港のレパレスベイに、いったい何度足を運んだことか。
第2位、第3位……と数え上げていけば、
これまたキリがないので、話を進める。
私がもっとも心を打たれるタイプの歌曲。
それは、映画曲ではないのに、聞き終えた後、
まるで一篇の映画を見終えたような感慨を抱かせてくれる曲だ。
その代表作が『フレディもしくは三教街』。
幸せと悲しみが、まばゆいほどの螺旋を描く、
戦前のロシア租界を舞台にした男女の物語だ。
あるいは「世界一美しい反戦歌」と紹介してもいいかもしれない。
1970年代中盤、フォークデュオの「グレープ」がリリースした。
高校生だった私は発売直後にLPを購入し、以後、どれだけこの曲を聴いたか。
シングルカットはされていないと思うので(実際はわからない)、
聴いたことがない人も多いはず。
というか、「グレープ」を知らない人もいるだろう。
さだまさしと吉田政美の2人のアーティストのグループ名である。
発売当時、この曲の、いや、この物語の美しさに胸を焦がすと同時に、
私は、タイトルの不思議さにも魅せられていた。
「もしくは」などという、接続詞とも副詞ともつかない、
古めかしくて堅苦しい言葉をタイトルに付すフォークソングなど、
まず、あり得なかったからだ。
ちなみに「フレディ」は、物語の主人公の女性が愛した男性の名前。
「三教街」は、その二人が出かけていくのを楽しみにしていた町の名前。
この曲のタイトルには、確かにどちらも相応しい。
だからと言って、両方を使ってしまう、
しかも、それを成立させるために、
「もしくは」を挟み込むなどという芸当は、
高校生の私には想像しえないセンスだった。
ところが事実は小説より奇なりで、このタイトル、当のさだまさし自身が、
「フレディ」にするか「三教街」にするか迷っていて、
作詞ノートに、「どちらにしようかな」という意味で、
「フレディもしくは三教街」と書いておいたのを、
担当者が、いいと思ったのか、勘違いしたのか、
そのままタイトルにしてしまったというエピソードがある。
完成度の高い仕事には、
えてしてこの手の予期せぬ出来事が重要な役割を果たしている。
それはともかく、
あらためて、美しい歌曲特有の、物語が浮かぶような世界に憧れる。
私は音楽家でも文筆家でもないが、
願わくば、全てのコミュニケーションにおいて、
名画のような物の伝え方ができる人間になれたらと思う。
「美しい物語」は、
「正しい理屈」や「お得な情報」より、長く人の心に留まるからだ。
たとえ、伝わった相手がたったの一人だったとしても、
その人の心の中に、私が表した物語が生きていたら、こんな幸せなことはない。
そんな思いを胸にしたためて、私は一度きりの人生を大切に過ごしたい。
※このコラムを、「NICeさだまさし友の会・会長(候補)」の、
NICe賛助会員・野崎ジョン全也さんに捧げます。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
増田紀彦NICe代表理事が、毎月7日と14日(7と14で714(ナイス)!)に、
NICe正会員・協力会員・賛助会員、寄付者と公式サポーターの皆さんへ、
感謝と連帯を込めてお送りしている【NICe会員限定レター「ふ〜んなるほどねえ」スモールマガジン!増田通信】。
第230号(2021/1007発行)より一部抜粋して掲載しました。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━