目指せ、自前調達立国
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「増田紀彦の視点 どうする?日本経済」
第96回 目指せ、自前調達立国
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【侵略を受け続けてきた、アルザス=ロレーヌ地方】
「私がここで、フランス語の授業を行うのは、これが最後です」。
ドーテ作『最後の授業』の中の、アメル先生の言葉だ。
この物語の舞台、アルザス=ロレーヌ地方(エルザス=ロートリンゲン地方)は、
ローマ帝国の時代から近代にいたるまで、
何度も何度も領土侵略が繰り返されてきた地域である。
同地は元来、神聖ローマ帝国に属していたが、
フランスの進攻が続き、1736年、ついにフランス領となる。
しかし1871年、普仏戦争でフランスが敗戦すると、
今度は同地の大半がプロイセン(ドイツ帝国)に割譲されることになった。
『最後の授業』は、この戦争で破れたフランスの立場に立っている。
実際のところ、アルザス=ロレーヌ地方は、
もともとドイツ語に近い言語を共通語としており、
フランス語は、学校で強制的に教え込まれるものでしかなかった。
なので、アメル先生は忸怩たる思いもあっただろうが、
生徒たちは、内心、「助かった。良かった」と、快哉を叫んだだろう。
物語は、どの立場によって書くかで、まるでニュアンスが変わってしまう、
という見本のような話である。
ちなみに同地はその後、またフランス領となり、現在に至っている。
【資源を奪い合う戦争は、もう起こさないという誓い】
それにしても、なぜ、こうも同地をめぐる争いが絶えなかったのか。
ひとえに、資源の争奪が理由である。
同地は鉄鉱石と石炭の一大産地であり、
その果実を、同地を境界にして接するフランスとドイツが、
互いに我が物としたかったからだ。
この争いが大きな戦争に結びついてしまったことを悔やみ、
第二次世界大戦終結後の1951年、当事者であるフランスとドイツのほか、
欧州4カ国が参加して、欧州石炭鉄鋼共同体が設立される。
この共同体が後に欧州経済共同体などと統合して、欧州共同体(EC)となり、
さらに現在の欧州連合(EU)へと発展していったのである。
【確かに資源の確保は国家の一大事】
家屋を焼き尽くし、人の命を奪い尽くしてでも、資源が欲しい。
この感覚、私のような庶民には正直、ピンと来ない。
しかし、仮に自分が一国の民の暮らしを預かる宰相であれば、
自動車も鉄道も動かず、食料や衣料の生産も、土木も建築もままならず、
国民は耐乏生活を強いられ、医療や福祉を切り捨てるしかない状況になるなど、
1万歩譲っても、あってはならないことだと思うだろう。
資源は人の命も同然。為政者がそう考えても、おかしくはない。
ただし、その解決手段に侵略戦争を選択することは、
100万歩譲っても、あってはならない。
【それでもなお、資源を巡る争いは絶えない】
しかし、資源をめぐる争いは、今なお途絶えることがない。
資源が枯渇するなら、何としてでもそれを手に入れたい。
そういう、直接的な理由だけでなく、
資源が枯渇したら大変だと思う人心につけ込み、
資源を押さえることで、金になると考える人々が膨大にいるからだ。
近年でも、イラクとクウェートが油田を巡って戦端を開き、
そこにアメリカをはじめとする多国籍軍が参戦し、
多くの破壊と殺戮が行われたことは、記憶に新しい。いわゆる湾岸戦争だ。
【原油価格高騰を、見て見ぬふりする政府】
今また、原油価格が高騰している。
すでに私たちの生活にも、その影響が物価上昇というかたちで及んできた。
人件費が上昇して物価が上がるインフレなら結構な話だが、
コロナ禍のダメージが醒めやらない中でのこの展開は、
日本経済にとって大きなマイナスだ。
政府は石油元売り会社に補助金を出すので、
卸売価格を上げないようにと要請しているが、
そもそも政府は、本来の揮発油税の上に、
1リットルあたり25円の税金を上乗せしているのである。
補助金額は1リットルあたり5円。まだ、20円も押さえ込んでいる。
しかもこの上乗せ税、
レギュラーガソリンの平均価格が3カ月連続で1リットルあたり160円を超えた場合、
課税を停止する決まりがあるのだが、政府はそれを頬被りして、
5分の1の補助金で話を有耶無耶にしようとしている。
国民の生命と生活の繁栄のためにと、戦争に走る政府は論外だが、
国民に苦労を強いてまで、財政を維持しようとする政府も、情けない。
こんな体たらくで、いったいどうやって所得倍増を目指すのか。
【もはや石炭火力発電に依存することも困難な状況】
石油をほぼ産出できない日本は、
石炭を燃料とした火力発電に依存する割合が高い。
石炭は、石油より採掘できる年数が長いし、
採掘できる地域が世界中に分散しているから確保が安定している。
原油やLNGガスに比べて価格が低いというメリットもある。
だが、COP26で日本の石炭火力発電がやり玉にあげられ、
抵抗はしたものの、今後、削減せざるを得ない状況に追い込まれている。
かつては、資源を取り合って激しく争った欧州だが、いったん手を組めば、
陸続きの利を生かし、今では巨大送電網を張り巡らせ合うなど、
安定的なエネルギー供給が見込める体制を築いている。
だから彼らは、石炭火力発電を排除しても、何ら困ることがない。
しかし、資源に乏しい島国の日本では、欧州と同じようにはいかない。
とはいえ、石油や石炭だけに未来を託すことは厳しい。
かといって原子力発電の危険性は、語るまでもない。
「どうする?日本経済」の、喫緊にして究極の課題は、
確実に「どうする?資源」である。
資源の未来を描けない限り、日本経済の未来を描くことは難しい。
【ワクチンも半導体も、「売って頂く」しかない日本】
いや、資源だけではない。
コロナワクチンも、結局、すべて外国から購入し、
今また、世界的に不足している半導体も、
アジア各国から輸入しなければ、まったく話にならない状況である。
若い人は聞いたことがないかもしれないが、
かつては「日の丸半導体」という言葉が世界を席巻したこともあったのだが。
盛者必衰の理だと、諦めて静かに暮らす手もあるが、
それを甘受できる精神性が、今の日本人にあるだろうか。
いや、最後の最後、精神はどうとでもなる。
だが、経済と社会の仕組みの問題として、
資源も部品も製品も、自前で調達できない状態は、さすがに危険だ。
【自前で生きて行ける日本を!】
第二次岸田政権の経済対策の内容が発表された。
現状の困窮に対する救援策を数々用意したことは良いことだが、
どうにも「一過性」の臭いが拭い切れない。
民間の好き勝手を許す新自由主義経済を見直すということは、
政府が積極的に資源開発や産業育成に乗り出すということである。
端的に言えば、資源や医薬や半導体を、
他国や他国企業に頭を下げて売って頂くようなスタイルを抜本的に覆す、
「自前調達立国」を目指すビジョンをしっかり掲げてほしかった。
頭を下げ、それなりの代金を用意すれば、確かに人は物を売ってくれる。
が、どれだけ頭を下げても、料金が見合わなければ、相手は売ってくれない。
誰でも知っている道理だ。
今後、日本企業の競争力がさらに低下し、収益が落ちていけば、
今のように、あちこちから物を買い集める資金も不足するだろう。
そうなれば、さらに日本経済は停滞していく。まさに悪循環。
日本には、二度と侵略戦争をしないという約束がある。
そう誓ったのは、
必要なものを武力で奪う代わりに、お金で買うという意味だったのだろうか。
私は、
他国と争わなくても暮らせる豊かな国を作る、という気概の表明だと信じている。
(一般社団法人起業支援ネットワークNICe 代表理事 増田紀彦)
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「つながり力で起業・新規事業!」メールマガジンVol.154
(2021.11.22配信)より抜粋して転載しました。
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