無理やり「Go Toキャンペーン」は、誰も救わない
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「増田紀彦の視点 どうする?日本経済」
第80回
無理やり「Go Toキャンペーン」は、誰も救わない
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【「Go Toキャンペーン」予算は、本当に巨額なのか?】
アリと比べた場合、ネズミはとてつもなく巨大な生き物に思える。
だが、ゾウと比べれば、ネズミは実に小さな生き物に感じるだろう。
物事の大小に、絶対的基準などないということだ。
国家予算もしかり。
政府は今年度第1次補正予算で、いわゆる「Go Toキャンペーン」のために、
すったもんだの挙げ句、総額1兆6794億円を計上した。
その使途は大きく3つに分かれる。
旅行費用を半額補助する「Go To Travelキャンペーン」が1兆1000億円、
残りは、飲食代の2割を補助する「Go To Eatキャンペーン」と、
イベントなどの入場料を2割補助する「Go To Eventキャンペーン」に回る。
私たちの日常生活において、いや、ビジネスシーンにおいてすら、
上記したような「兆」という位(くらい)の金額には、まず縁がない。
だから、とてつもない資金が投入されるという印象を持つはずだ。
政策に詳しい人や旅行業関連の人なら、なおさらだろう。
2018年の北海道胆振東部地震によって落ち込んだ道内観光需要を喚起するため、
政府が拠出した「北海道ふっこう割」の予算は81億円であり、
それと比較すると、今回の予算は実に200倍以上に達するからだ。
それゆえ、「Go Toキャンペーン」予算を、多くの人が「巨額」と感じている。
そこに、ドンピシャで、感染第二波が襲いかかってきたものだから、
「Go To Travelキャンペーン」の開始時期に対する批判もさることながら、
「そんなに金があるのなら、医療機関を補助すべき」や、
「それを水害被災地の復興に回せ」などの声が出てきた。
【GDPマイナス100兆円予想なのに、たかだか1兆円台】
しかし、「そんなに金があるのなら」という感覚こそ、疑うべきである。
壊滅的な打撃を受けている地方経済や小規模企業を救済すべく、
宿泊業や運輸業、飲食店業、イベント関連業を支援するのであれば、
それこそ、1兆円台程度の予算規模で用をなすのだろうか?
いわんや、外需(インバウンド需要)が存在していた過去と、
外国人の姿をほとんど見かけなくなった現在とでは、前提がまるで違う。
すでに第一波の影響で、我が国の4月-6月期のGDPは、
戦後最悪となる前年比マイナス20%前後になると予測されており、
第一波とほとんど間を空けずに押し寄せてきた第二波の収束時期も、
現状、まったく予見ができない状況だ。
つまり、このままでは年間ベースでもマイナス20%以上、
金額にすると100兆円以上が消えてしまう趨勢である。
なのに、わずか1兆円台……。
【国民に危険と費用負担を迫る「Go To Travelキャンペーン」】
「Go Toキャンペーン」のうちひとつ、
「Go To Travelキャンペーン」が他のキャンペーンに先立って、
明日7月22日から実施されることはご存じのとおり。
本来、このキャンペーンは、コロナ収束後の事業だったが、
「そこまで引っ張ると、観光業はもたない」と、
コロナ感染症が拡大期に入っているにもかかわらず、
政府が前倒しして実施を決めたこともまた、ご存じのとおりだ。
政府の、この一連の動きは、
旅行費用の半分以上を国民に負担させておいて、コロナに感染したり、
感染させたりする人を増やす危険を後押しするようなものだ。
それを指して「観光業を助けるため」と言うが、それ自体、詭弁である。
【業界支援効果があやふやな、「旅行者への補助」】
観光業界を助けたいのなら、宿泊業や運輸業、レジャー産業、土産物関連など、
関係する業種を対象にして、持続化給付金の上積みをしたり、
別途、旅行関連産業持続化給付金を創設したりするほうが効果的だ。
なのに支出をけちり、支援費用の半額以上を国民に負担させようとするから、
国民が出掛けやすい(=旅行費用を出費しやすい)4連休前日の7月22日に、
キャンペーンをスタートせざるを得なくなってしまったのである。
その結果、専門家ならずとも危惧するような、
「Go To感染拡大キャンペーン」が繰り広げられることになってしまった。
だが、この感染拡大状況では、政府が皮算用するほど、
国民が旅行費用を支出するとは思えないし、
それに加えて、急遽「東京除外」を決めたために、
経済効果が一気に薄れたことは、まず間違いのないところだろう。
極端な話、予約キャンセルが相次いで、
宿泊客がゼロになった旅館があったとしたら、
政府がどれだけ「補助をする」と言ったところで、
その旅館にはたったの1円も入らない。
1兆円だなんだと言ったところで、
それは、まず人々が旅行のために自費を投じた場合に出るお金であり、
人々が感染を恐れて旅行に出掛けなければ、
予算は、国庫の中で眠って溶けてしまうだけである。
【旅行業・観光業を救済するなら、直接給付を実施すべき】
つまり、このキャンペーンは、国民に危険を押しつけるだけでなく、
遠回しな支援方法(補助の出し方)のせいで、
旅行業・観光業の救済に直結しないという問題点を抱えている。
「Go To Travelキャンペーン」の予算は前記のとおり1兆1000億円。
補助率は50%だから、国民自身の負担は、最低でも50%となる。
ということは、国と国民の財布を足せば、
2兆2000億円が観光業界に落ちる計算になる。
もっとも補助率50%と言っても、1泊あたりの上限が2万円なので、
たとえば1泊6万円の宿泊費を使った人の自己負担額は4万円であり、
上限補助額のちょうど2倍の自費を業界に落とすことになる。
仮に、全旅行者がこのくらいの出費をした場合、補助額1兆1000億円に、
自己負担額1兆1000億円×2倍=2兆2000億円が加わり、
トータルで3兆3000億円が業界に届く。
ただし、現実的には皆が皆、上限額を超える旅行をするわけではないから、
このキャンペーンがフルに活用された場合の効果は、
推定で、2兆5000億円から3兆円程度と考えるのが妥当だ。
だったら、1兆1000億円の「Go To Travelキャンペーン」予算を、
3兆円規模に増額して、それを直接、関係企業に給付すればいい。
そうすれば、感染拡大を回避しながら、関係業界の救済にも貢献できる。
その後、感染状況を判断して「大丈夫」というのなら、
その時に1兆円台のキャンペーンを実施すれば、多くの人が救われる。
【前例踏襲はむしろ弊害。臨機応変こそ生き延びるための指針】
「Go Toキャンペーン」騒動は、政府の硬直ぶりを示す一例である。
いま、私たちが遭遇している事態は、文字通り未曾有の事態だ。
ということは、前例など、何の役にも立たないどころか、
むしろ、判断を誤らせる材料になる危険すら孕んでいる。
「あの時はこれくらいだったから、今回はこのくらい」とか、
「以前の方法で特に問題はなかったら、今回もそれで」とか、
そういう物の考え方は、根本から改めないといけない。
もうひとつ。
「一度決めたことは、簡単に変えられない」ではダメだ。
それが霞が関の常識というのなら、
もう、この国の行政システムは死んでいるのも同然だろう。
生きていくためには、生き続けていくためには、
変化に敏感に反応し、対応し、思考し、判断し、
思い切った転換を実行していくことが不可欠である。
このコロナ時代、生き続けるために、
勇気を発揮し、臨機応変に改革を断行すべきは、
私たち起業家や経営者も同様である。
<一般社団法人起業支援ネットワークNICe 代表理事 増田紀彦>
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「つながり力で起業・新規事業!」メールマガジンVol.117
(2020.7.21配信)より抜粋して転載しました。
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