どうする? フリー新法
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「増田紀彦の視点 どうする?日本経済」
第130回 どうする? フリー新法
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【認知が進まないフリー新法】
アメリカ大統領選や「103万円の壁」の議論に押され、
いまひとつ大きなニュースになっていないが、
11月1日にフリーランス保護新法が施行された。
大企業や中小企業、行政機関、そして個人事業主や一人会社の社長と、
多くの立場の人々が影響を受ける法律だが、認知が進んでいない様子だ。
クラウド会計サービスのfreeeが、
施行2カ月前の今年9月に新法の認知調査を実施したところ、
「新法の制度内容を知っていて、理解している」と回答したのは、
フリーランスが11.2%、発注者が22.2%に過ぎなかったという。
現在、厚生労働省や公正取引委員会が懸命に周知を図っているが、
読者のみなさんは、理解・対応ができているだろうか?
【新法の影響が及ぶ範囲は想像以上に広い】
この新法の内容の大半は発注者の義務であり、
違反者には罰則も設けられている。
発注側には、企業や各種法人・団体はもちろん、
他のフリーランスに仕事を委託するフリーランスや、
政府や地方自治体などの行政機関も含まれている。
要するに、何らかの業務をフリーランスに委託する機会がある事業者は、
ほぼ、この法律に定められた義務を負うことになる。
【新法は、支払期日まで条文化している!】
新法の正式名称は「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」。
しかし、これではわかりづらいので、厚生労働省は、
「フリーランス・事業者間取引適正化等法」と呼んでいる。
新法の骨子は、以下の2つ。
1.フリーランスと発注事業者の間の取引の適正化
2.フリーランスの就業環境の整備
詳しくは後述するが、
「フリーランスへの支払は、納品日から最長60日まで」と規定するなど、
これまで発注者の裁量に委ねられていた取引条件に対してまで、
新法が踏み込んでいる点は特筆すべきだろう。
この規定だけでも、決して軽視できない法律であることがわかると思う。
【長年の悪慣行にストップがかかる】
新法の制定・施行に至る過程で問われたのは、
発注事業者による「力関係の悪用」だ。
一般的な企業間取引においても、
発注側にとって有利な条件になることが少なくないが、
フリーランスは、企業に比して格段に交渉力が弱く、
発注側に生殺与奪の権利を握られてしまっているケースさえある。
最近、出版大手のKADOKAWAとその子会社が、
取引相手のライターたちに対し、一方的に料金を引き下げる、
いわゆる「買いたたき」を行っていたことが発覚し、
公取から再発防止勧告が出されることになった。
今なお、こうした「商慣習」が存在する以上、
フリーランス保護新法の周知徹底は不可欠だと言わざるを得ない。
【発注者にとっては厳しい7つの義務】
新法に定められた発注者の義務は以下の7つである。
A 業務委託をした場合、書面等により「業務の内容」「報酬額」「支払期日」
「業務委託をした日」「給付を受領/役務提供を受ける日・場所」
「報酬の支払方法に関する必要事項」などの取引条件を直ちに明示する
B 発注した物品などを受け取った日から数えて60日以内のできる限り早い日に
報酬支払期日を設定し、期日内に報酬を支払う
(再委託の場合は元発注者の支払期日から30日以内に支払う)
C 1カ月以上の業務を委託した場合、次の7つの行為をしてはならない
・受領拒否 ・報酬の減額 ・返品 ・買いたたき ・購入や利用の強制
・不当な経済上の利益の提供要請 ・不当な給付内容の変更ややり直し
D 広告などにフリーランスの募集に関する情報を掲載する際に、
・虚偽の表示や誤解を与える表示をしてはならない
・内容を正確かつ最新のものに保たなければならない
E 6カ月以上の業務を委託した場合、
フリーランスが育児や介護などと業務を両立できるよう、
申出に応じて必要な配慮をしなければならない
F フリーランスに対するハラスメント行為に関し、次の措置を講じること
・ハラスメントを行ってはならない旨の方針の明確化、方針の周知・啓発
・相談や苦情に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備
・ハラスメントへの事後の迅速かつ適切な対応 など
G 6カ月以上の業務委託の中途解除や更新をしない場合は、
・原則として30日前までに予告しなければならない
・予告の日から解除日までにフリーランスから理由の開示の請求があった場合は、
理由の開示を行わなければならない
上記は発注側の種類や取引形態によって、負うべき項目が以下のように変わる。
1.従業員を使用していない事業者
→Aのみ
2.従業員を使用している事業者
(従業員がいなくても、代表者以外に役員がいる法人はこれに該当)
→A、B、D、F
3.従業員を使用していて、一定期間以上の業務を委託する事業者
→AからGのすべて
どうだろう? 「フリーランスなら気軽に使える……」。
もう、そんなセリフを口にできる時代は終わったということだ。
【そもそもフリーランスとは? 従業員とは?】
ところでフリーランスとは、どういう人を指すのか?
新法ではそれを特定受託事業者と呼び、以下のように定義している。
○業務委託の相手方である事業者で、従業員を使用していない人
○上記に合致すれば、個人事業主だけでなく、役員が一人の法人代表者も該当
○副業でも上記に合致すれば該当
○消費者を取引対象にしている人は対象外
○働き方の実態として労働者である場合も対象外(労働関係法令が適用)
もう少し細かく見ていこう。
フリーランスは「従業員を使用していない人」と定義されているが、
新法でいう従業員とは、
「週労働20時間以上かつ継続して31日以上の雇用が見込まれる者」のことで、
正規雇用者に限らず、非正規雇用者や派遣労働者も該当する。
それでは、こんなケースはどうか?
デザイナーのAさんとBさんはそれぞれ個人事業主で、
オフィスを共同で使用している。
Aさんはアシスタントを雇用しているが、Bさんは誰も雇用していない。
ただし、Bさんも時々そのアシスタントに仕事を手伝ってもらっている。
Aさんがフリーランスに該当しないことは明白だが、Bさんは?
答え。フリーランスに該当する。
雇用関係を結ばず、仕事を手伝ってくれているだけの人は従業員ではない。
もうひとつ。
Cさんは、経営コンサルタントと店舗建築設計の2つの仕事を営んでいる。
コンサル業務は自分一人しか携わっていないが、
設計業務では事務スタッフを一人雇用している。どうか?
答え。Cさんはフリーランスに該当しない。
新法は、個別の業務委託や事業に関して従業員を使用しているか否かではなく、
個人事業主または一人社長が従業員を使用しているか否かで判断する。
……というように、何気なく使用しているフリーランスや従業員という単語も、
新法の中では厳密に定義されている。
【業績停滞企業の残存も、新法施行の背景のひとつか】
私自身、広告業界や出版業界に長く携わってきたので、
中には横暴な発注者がいることは知っている。
概して、斜陽企業はコストカット意識が強く、
フリーランスなど、外部事業者に対する締め付けを平気で行う。
反対に伸び盛りの企業は、社内資源だけではリソースが不足するから、
外部事業者を丁寧に扱う傾向がある。
その見方に沿えば、法規制しなければならないほどの状況は、
フリーランスを活用して成長を狙うのではなく、
安価な外部資源に頼って業務をこなそうとする企業が、
かなりの数、この国には存在しているということかもしれない。
長く無法地帯だった企業とフリーランスとの取引のあり方に、
メスが入ったことは、もちろん嬉しいことだが、
その背景に目をやると、一人の経営者として忸怩たる思いを禁じ得ない。
【法律遵守以前に、パートナーシップの構築を】
気になる点をひとつ挙げると、発注者がこの法律のせいで、
フリーランスへの委託に及び腰になるかもしれないことだ。
発注者にとっては業務が膨大化するし、
違反を申告されるリスクも抱えることになる。
結果、フリーランスへの委託を控える発注者が現れてもおかしくない。
また、フリーランスが法律を盾にして、
発注者と一戦を交えられるのかという懸念も残る。
そもそも、発注者と受託者は、業務を成功させるために組んでいるのであり。
「契約関係はあるが、信頼関係はない」では、前提を欠く。
だから私はこう考える。
法律遵守は避けて通れないが、法律を遵守すること以前に、
発注者とフリーランスとが、業務のゴールに関するイメージを明確に共有し、
ともに知恵を出し、汗をかき、
双方が成長できるようなパートナーシップを築くことが大切だと。
発注者は「丸投げ」を慎み、フリーランスは「言いなり」を戒め、
どちらも業務目的の達成のために当事者意識を持つ。
そんなチームをあちこちに作り出すことが、
発注者にとっても、フリーランスにとっても、
ひいては日本経済のこれからにとっても、何よりのメリットになるはずだ。
<一般社団法人起業支援ネットワークNICe 代表理事 増田紀彦>
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「つながり力で起業・新規事業!」
メールマガジンVol.221
(2024.11.21配信)より抜粋して転載しました。
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