20万人の低賃金配達員問題
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「増田紀彦の視点 どうする?日本経済」
第89回
20万人の低賃金配達員問題
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【交通ルール無視が目立つウーバーの配達員】
良くも悪くもUber Eats(以下、ウーバーと略)が話題にならない日はない。
もちろん、その利便性についても多く語られているが、
どちらかといえば、話題の多くは、
配達パートナー(以下、配達員と表記)の無茶な運転についてである。
この件に関し、ネットなどでは「乱暴なのは一部の配達員で……」、
といった記述を見かけることがあるが、本当にそうだろうか?
むしろ、問題のない配達員のほうが一部ではないだろうか。
私の生活圏である東京の目黒区や世田谷区などを歩いていれば、
ほぼ100%の確率でウーバーの配達員に遭遇するが、
一時停止をしたり、自転車から降りて歩道を通行したりする配達員など、
ただの一度も見かけたことがない。
現在、ウーバーは全国33都道府県でサービスを実施している。
他道府県の状況はわからないが、
少なくとも東京都内は、ウーバー配達員の無法地帯の感がある。
【従来の「出前」の弱点を克服したプラットフォーム・ビジネス】
ウーバーのサービスをご存じない読者もいるかもしれないので、
あらためて、仕組みを記しておこう。
(1) 料理を注文したい人は、スマホやPCでウーバーのページを開く。
(2) 届け先の住所を入力すると、該当店舗と配達所要時間が表示される。
(3) 店舗を選ぶとメニューが表示されるので、選んで注文を確定する。
(4) 注文情報が店舗に届き、店舗は料理を用意する。
(5) ウーバーに登録している配達員にも情報が届く。
(6) できた料理を配達員がピックアップして注文者に配達。
(7) 注文者はカードや電子マネーで支払い。現金支払いも可。
(8) ウーバーが徴収した売上から35%の手数料を差し引いて店舗に振込。
おおよそ上記のような流れである。
従来の出前は、出前を行っている店舗から事前にメニューを受け取り、
その中から料理を注文するため、選択できる料理が極めて限られていたし、
「そば屋の出前」ではないが、
注文から到着までにどれだけ時間がかかるかも不確かだった。
ウーバーは、利用者が感じる、それらの不便を解消している。
【ウーバーのビジネスモデルを支える資源とは?】
上記のようなフラットフォーム・サービスが可能になったのは、
一にも二にも、WEBやスマホやGPSといったテクノロジーのおかげ……、
と言いたいところだが、それらだけで、この事業が成り立つことはない。
膨大な数の配達員が確保できてこそのビジネスモデルである。
そういう意味では、ITビジネスでありつつ、労働集約型ビジネスでもあるが、
配達員はウーバーの従業員ではなく、
自分が働きたいときに働くギグワーカーである。つまりは「個人事業主」だ。
なのでウーバーには、配達員に対する社会保険料や福利厚生費の負担もない。
さらに、彼らに支払われる配達料を負担するのは注文を受けた店舗側なので、
ウーバーは、実質、人件費をかけずに手数料を稼げるのである。
ゆえにウーバーは、労働集約型ビジネスではない。
あくまで、料理を食べたい人、料理を提供したい人、料理を配達したい人、
この「3者をマッチングさせるプラットフォーム」なのである。
だが、いつまでもそう言い切れるかどうかは疑問だ。
詳細は後に譲るが、このウーバーの考え方に、ダメ出しする国が続出している。
【配達員に危険を冒させてしまう登録システム】
あらためて配達員の問題に話を戻す。
なぜ、彼らの多くは、交通ルールやマナーを無視するのか?
上記したように、配達は個人事業者に業務委託している形になるため、
「採用面接」のような厳しいチェックは行われず、
形式的な審査で採用(とは言わず登録)が決まることになる。
そのせいで、本音では交通ルールを守る気のない無頼漢でも登録可能。
なおかつ、配達員に対する従業員教育や研修は行われない。
そもそも従業員ではなく、業務を委託する「配達のプロ」なのだから、
仕事をちゃんとこなす責任は、配達員側にあるという理屈だろう。
さらに、これが一番の問題だと感じるが、
配達員の収入の多寡は、完全に稼動数で決まってしまうことだ。
そうなれば、とにかく件数をこなすしかない。
この報酬システムが、本来、真面目な人にも無理をさせる要因と考えられる。
【コロナ禍で、またとないチャンスを掴みはしたが……】
新型コロナ感染症の拡大で、外出自粛や飲食店の時短が続いている。
この状態が続く以上、ウーバーに対するニーズは一定程度維持されるだろう。
同時に、コロナ禍によって失職を余儀なくされた人や、
出社回数の制限を受けた人たちが、副業も含めて、
ウーバーの配達員として収入を確保しようと考えるだろう。
またテレワークの導入で、「一定時間、出かけていても大丈夫な人」も増えた。
つまりウーバーは、コロナ禍によって顧客と事業資源の両方を掴んだことになる。
ただし、「配達員問題」が、やはりこのビジネスのアキレス腱である。
【「配達員は労働者」。各国で相次ぐ規制の発動】
ネットニュースの「BUSINESS INSIOER」によると、
イギリス最高裁の判決を受けたウーバーは、
同国の配達員7万人を、「労働者」として扱うと、当局に申し出たそうだ。
そうなると、ウーバーには、最低賃金以上の報酬支払いや有給休暇の付与、
さらには労働法規の遵守が求められるようになり、結果、ウーバーによれば、
「利益が出るかどうかぎりぎり」のラインにまで追い込まれるとのこと。
もともとアメリカ国内でも、登録者の立場をめぐる裁判が頻発していたが、
ウーバーは「彼らはあくまで従業員ではない」という立場で徹底抗戦してきた。
が、イギリス最高裁の判決は重く、
追い打ちをかけるように、イタリアでも、ミラノ検察がウーバーに対し、
労働安全規則に違反したとして、計7億7300万ユーロ超の罰金を科し、
合わせて、配達員との間で雇用契約を締結するように命令を下した。
小規模なうちは、見逃してもらえたビジネスモデルだったかもしれないが、
これだけ多くの労働者に対し、低賃金で危険を伴う仕事をさせるとなると、
「ニーズのある人たちをマッチングしているだけ」、
という理屈は、さすがに通用しなくなるだろう。
【日本も経済活性&交通安全のために適切な措置を】
日本でもコロナ需要と経済低迷の影響で、配達員は増加の一途だ。
日本経済新聞によれば、登録者数は全国で20万以上に達したという。
だが、「配達報酬がジワジワと引き下げられている」と、
配達員で組織する労働組合ウーバーイーツユニオンは憤る。
つまり、膨大な数の働き手が、従業員としての保証を得ることなく、
危険な労働を低賃金で請け負っている状況が広がっている、ということだ。
にもかかわらず、日本ではまだ、
ウーバーに対する規制や改善命令が出されていない。これはまずい。
普通に働けば、もっと稼げる、
つまり、もっと生産性を上げられるはずの多くの労働力が、
貧困状態に固定されてしまっているのである。
これこそ、日本経済の損失ではないだろうか。
天然資源の少ない我が国の財産が、
何を置いても働く人間の力であることは、誰でもわかっている事実だ。
政府は、人材活用=経済活性の観点からも、そして交通安全の観点からも、
ウーバーなど、「労働者をマッチングする」プラットフォーム・ビジネスに対し、
一刻も早く、適切な措置を講じるべきである。
<一般社団法人起業支援ネットワークNICe 代表理事 増田紀彦>
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「つながり力で起業・新規事業!」メールマガジンVol.140
(2021.4.21配信)より抜粋して転載しました。
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