増田通信より「ふ~ん なるほどねえ」204 消えた「やまびこ213号」事件の真相
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<最近の発見> 消えた「やまびこ213号」事件の真相
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日本推理小説界の重鎮、西村京太郎氏の古い作品に、
「消失シリーズ」と呼ばれる一群の名作がある。
『原子力船むつ消失事件』、『消えたタンカー』、『消えた乗組員(クルー)』、
『ミステリー列車が消えた』、『消えた巨人軍』などが有名。
およそ、「見当たらなくなるはずのない」巨大な物体や大勢の人間が、
忽然と姿を消してしまうという着想の壮大さは、今も色褪せない魅力だ。
そんな、「小説だから」の事件が、何と私の目の前で実際に起きたのである。
それは『消えた巨人軍』さながらの光景だった。
『消えた巨人軍』は、1976年の長島茂雄監督率いるジャイアンツが、
優勝を争う吉田義男監督率いるタイガースとの3連戦を戦うため、
一同「ひかり号」で甲子園に向かった……、はずなのに、
なぜか、選手たちが乗車していた「ひかり号」が、
走行中、突如消えてしまうという事件を発端にした物語だ。
当然、新幹線の線路をくまなく捜索するが、車両はまったく見当たらない……。
今年の7月中旬、
福島県白河市で開催されるセミナーの講師を務めるため、
私は東京駅23番線ホームで、「やまびこ213号」の入線を待っていた。
予定していたよりも早く東京駅に着いたため、
「やまびこ」の発車予定時刻までは、30分近く待たねばならない。
無為に過ごすのも惜しいので、私はその時間を利用して一本電話を架けた。
原稿執筆の依頼だ。
時間に余裕もあるので、懇切に趣旨や概要を説明した。
そうこうしているうち、目の前にメタリックグリーンの「やまびこ」が到着。
といっても、車内清掃があるのですぐには乗り込めない。
私はホームで清掃終了を待ちながら、電話のやりとりを続けた。
ところが、電話の相手は意外に慎重で、
私のオーダーに対して簡単には「うん」と言ってくれない。
強引になり過ぎないようにと注意しつつも、依頼を続ける。
が、さすがに列車の発車時刻が迫っているので、
その場で返事をもらうことは断念し、
「考えておいてください」と告げて電話を切った。
「でもまだ諦めないぞ」と自分に言い聞かせながら、電話をカバンにしまい、
列車に乗り込もうとしたら、目の前にあるはずの「やまびこ」が見えない!
こういう時、人は本当に「夢を見ているのか」と思うようで、
私も思わず目をこすって、もう一度前方を見直したが、
目に映るのは、10メートルほど先に停車している、
東海道新幹線の青と白のボディの「のぞみ」だけ。
私が乗るはずの緑色の「やまびこ」は、一体どこへ行ったのだ?
結論は、読者の皆さんが想像している通りで、
どこへ行ったのか?といえば、予定通りの時刻に東京駅を出発し、
一路、終点の仙台駅に向かって北上を続けていたのである。
要するに、私は乗り遅れたのだ。
つまり目の前にいる車両がドアを閉じ、動き出し、やがて駅を出る、
という一連の動きを、まるで認知していなかったということになる。
それだけ、執筆依頼の電話に意識が向かっていたのだろう。
私自身、自覚はあまりないのだが、昔からそういう傾向があるらしい。
周囲の人が私に何度声を掛けても、まったく返事をしないと指摘されてきた。
何かの作業に夢中になっていた時かもしれない。
とにかく、同時に二つ以上のことができないのは確かだ。
何かを始めれば、それまでやっていたことが何だったのか、
すっかりわからなくなってしまうことすらある。
そんな私だから、失くし物や忘れ物などは、文字通り日常茶飯事だ。
良く言えば、集中力が有り過ぎ。悪く言えば注意力が無さ過ぎである。
消えた「やまびこ213号」などと、面白おかしく書き始めてはみたが、
さすがに、ここまでひどいボケをかますとショックも大きい。
私を良く知る人にしてみたら、「何を今さら」なのかもしれないが、
目の前の、しかも、乗り遅れたら大変なことになる新幹線が、
出発してしまい、しかもそれから何分も経過しているのに、
そのことにまるで気づかないというのは、いい加減どうだろう?
どうにも気になり、こういう状態について自分なりに調べてみた。
その結果、「これだ」と思う記述がネットにあったので引用する。
「中には、注意の散漫さがある一方で、
短期的にものすごい集中力を発揮したり、
自分の興味関心が強い特定の物事に時間を忘れるほど没頭したりといった、
いわゆる『過集中』の状態になりやすい人もいます」。
過集中!
それだ。間違いなくそれだと思う。
さて、この説明、どんな人について書かれたものか、おわかりだろうか?
発達障害がある人についての説明だ。
そうなのか……。
よもや還暦を過ぎてから、自己の未知の側面を認識するとは思わなかった。
もちろん私は発達障害に関する専門的な知識を持ち合わせているわけではなく、
医学的に見て、私がその障害に該当するのか否かは判断できない。
ただ、ほかの資料を見ても、合致する傾向があることは事実だ。
きっと、私は自覚しているよりはるかに多くの人に対して、
たくさんたくさん、迷惑をかけてきたのだろう。
今さらながら、申し訳なく思う。
同時に、それでも私が社会の一角に居続けてこられたのは、
間違いなく周囲の人々のやさしさのお蔭だ。ひたすら感謝したい。
弱みを許し、かばい、強みを讃え、生かす社会に私は生きていると痛感する。
とてもとても、幸せだ。
こんな社会がいつまでも続くように、
そして、支え会いの大切さ、力強さ、豊かさを、
もっともっと多くの人が実感できる社会になるよう、私なりに尽力したい。
消えた「やまびこ213号」の残像を懐に抱きしめながら。
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増田紀彦NICe代表理事が、毎月7日と14日(7と14で714(ナイス)!)に、
NICe正会員・協力会員・賛助会員、寄付者と公式サポーターの皆さんへ、
感謝と連帯を込めてお送りしている【NICe会員限定レター「ふ〜んなるほどねえ」スモールマガジン!増田通信】。
第204号(2020/0907発行)より一部抜粋して掲載しました。
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