生きた財政を! ~高橋是清翁の教え~
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「増田紀彦の視点 どうする?日本経済」
第78回
生きた財政を! ~高橋是清翁の教え~
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【2.26事件に倒れた不世出の財政家】
「一足す一が二、二足す二が四だと思いこんでいる秀才には、
生きた財政は分からないものだよ」。
高橋是清の言葉である。
高橋といえば、第20代総理大臣を務め、
1936年、いわゆる2.26事件により、命を奪われたことで知られる人物だ。
その事件の現場となった港区赤坂の邸宅の跡地は、
現在、高橋是清翁記念公園となり、都民の憩いの場となっている。
青山通りを挟んで、東宮御所と向かい合わせの一等地にありながら、
季節の木々に彩られた公園内は、驚くほどに閑静。
敷地内のベンチに腰掛け、瞳を閉じれば、
ともに日本の行く末を案じながらも、異なる信念の結果、
殺す側(陸軍反乱部隊)と殺される側(高橋翁)に分かれてしまった、
誠実な人々の苦悩が、心中に去来する。
高橋は、明治、大正、昭和と続く、日本の近代化のプロセスを、
財政面から一身に支え続けてきた政治家であり、
国会議員や日銀総裁を務めた後、農商務大臣や総理大臣も務めながら、
最終的には実に7度も大蔵大臣を務めた不世出の財政家だ。
2.26事件において反乱部隊の標的にされたのも、
高橋が7度目の大蔵大臣として、忍び寄るインフレに対処するため、
軍事予算を削減したことに対する反発だったと言われている。
【慎重かつ大胆に財政を動かす手腕】
2.26事件の経緯だけを語ると、
高橋があたかも緊縮財政派のような印象を持つが、無論、そうではない。
締める時は締める。緩める時は緩める。
まさに、「生きた財政」をつかさどることができた人物だ。
そしてまた、高橋の存在を世界に知らしめることになったのが、
財布の紐を思いっきり緩めることで、他国に先んじて、
日本を世界恐慌からいち早く立ち直らせた手腕である。
そもそも高橋は、世界恐慌の4年前に起きた、昭和金融恐慌の際
3度目の大蔵大臣として、支払猶予措置(モラトリアム)を発動しつつ、
片面だけしか印刷していない急造200円札を発行し、
それを銀行の店頭に山のように積み上げて、預金者を安心させ、
事態を沈静化させるという離れ業までやってのけている。
モラトリアムという慎重な政策と、
「見せ金」を印刷するという思いも寄らない作戦。
この両方を実行できるところに、
高橋のバランス感覚の何たるかが示されていると私は思う。
【赤字国債発行で世界恐慌から立ち直った日本】
そんな高橋だから、昭和金融恐慌に続いて起きた昭和恐慌、
さらにその後の世界恐慌に際しても、敢然と立ち向かうことができた。
とくに大きな成果として語られるのが、
1932年から1934年にかけて実施された時局匡救(きょうきゅう)事業である。
不況にあえぐ日本経済を救済するため、
全国各地において、治水、港湾整備、道路整備、開墾、用排水路整備、
農業土木、鉄道建設などを大胆に行う事業で、
合わせて取り組んだ軍事費の民間発注も功を奏し、
計画通り、日本は3年間でデフレからの脱却に成功した。
ここで特筆したいのが、その資金をどうやって工面したかであり、
そこにこそ、高橋是清の神髄を見ることができる。
高橋は、6度目の大蔵大臣として、政府公債や満州事変公債を発行し、
これを日本銀行に引き受けさせて公共事業の財源としたのである。
だが、高橋が赤字公債の発行に踏み切ったことは、
当時としては、驚くべきことであった。
なぜなら、世界恐慌後の政府方針は、緊縮財政だったからだ。
つまり、「財布の紐を締めて、国民にお金を回さない」方法だ。
(まさに今の日本政府と同じ考え方)
ところが、それでは経済も財政もますます行き詰まると考えた高橋は、
その方針とは正反対の財政出動方針を掲げ、
「国が借金をしてでも、国民にお金を回す」道を選択したのである。
【締める時は締める。今は、極限まで財布の紐を緩める時】
以下、高橋是清随想録からの抜粋である。
「財政は常に収支の均衡を保たねばならぬと云ふ。
けれどもこの国を見ても、初めはなかつた借金がだんだん増えてゐる。
戦争とか天災とか、思はぬ事件がどこの国にでも起るからだ。
しかしさう借金が殖えて行く結果はどうなつたかと云ふと、
一面産業は大いに進歩し、国の富も殖えたので、国債の増加も苦にならない。
十分、その重みに堪へる力が出来て来たのだから赤字公債と云ふものも、
さう理屈通りに気に懸けることはない。
場合に依つては、借金をしても進んだ方が善い。
又已むを得ず借金をしなければならぬ場合もある。
しかしその結果、国民の働きが増せば、茲に富が出来る。
前の借金くらゐ何でもない」。
この言葉を、そっくりそのまま現政府に届けたい。
今がまさに、「思はぬ事件がどこの国にでも起る」事態ではないのか。
前回のコラムでも触れたが、
政府が緊急経済対策としてぶちあげた117兆円のうち、
財政の世界で言う「真水」(コロナ対策のための新規の支出)は、
半分以下にとどまり、大半はもともと決まっていた補正予算の残りや、
あくまで融資として、「一度は出すが返してくれ」といったお金だ。
政府には、リアリティをもって、国民の困難を考えてもらいたい。
大体、一人10万円とは、どういうソロバンなのか?
売り上げを失った事業主や、仕事を失った従業員が、
10万円もらって、それで生活の足しになると思っているのだろうか?
高橋大蔵大臣の後任者に当たる麻生財務大臣は、先月、
基礎的財政収支を黒字化する政府の財政健全化目標について、
「放棄することはない」と、衆院決算行政監視委員会で語っている。
なぜ、そこまで、なぜ、こんな事態に至ってまで、
政府は財政収支の黒字化にこだわるのか?
政府の財布が潤っても、国民が貧すれば元も子もないはずだ。
というか、国民が豊かに生きるために財政をやりくりするのが政府の役割だ。
もう一度、日本の財政の基礎を築いてきた高橋翁の言葉を引用する。
「赤字公債と云ふものも、気に懸けることはない。
場合に依つては、借金をしても進んだ方が善い」。
政府も日本経済が未曾有の危機に貧していることはわかっているはずだ。
そうであるなら、「未曾有の借金」を断行して、
日本経済を救済する以外、いかなる手立てがあるのだろう?
「生きた財政」を、心から政府にお願いしたい。
<一般社団法人起業支援ネットワークNICe 代表理事 増田紀彦>
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「つながり力で起業・新規事業!」メールマガジンVol.113
(2020.5.21配信)より抜粋して転載しました。
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