増田通信より「ふ〜ん なるほどねえ」141 嘘
・
──▼────────────────────────────────
<最近の沖縄> 嘘
──▼────────────────────────────────
いわゆる屋台街の一角にある食堂で昼食を取ることにした。
1月とはいえ、そこは南の島。
どの客も、道路に張り出した屋外のテーブルで食事を楽しんでいる。
ほどなく、一目で地元の人とわかる年輩女性が私に話しかけてきた。
矍鑠としてはいるが、80歳はとうに過ぎているだろう。
「お兄さん、俳優さん?」
20軒はあると思われるその屋台街には、大勢の人たちが詰めかけていたが、
誰もがラフな服装だ。そもそもその日は日曜日である。
スーツを着て、胸ポケットにチーフを入れている私は、確かに浮いている。
にしても、俳優とは……。
「いえいえ、違いますよ」と、意識して優しい口調で否定した。
「なんで、嘘つく? 私は知ってるさ。兄さん、見たことあるさ~」。
そう言われても、違うものは違う。
女性は、不満げな表情を浮かべながら、私のそばを離れて行った。
まあ、悪い気はしない。ある意味、人生最良の人違いかもしれない(笑)。
それから30秒も経たないうちに、
2、3軒先の屋台から、その女性と客とがやりとりする声が聴こえてきた。
「おばあさん、ありがとうね。でも僕たちは俳優じゃないですよ」。
な、なんだ? あの人、みんなに同じことを言っているのか?
呆れた顔をしている私に、屋台の店主が説明してくれた。
「あのオバアは、いつも、同じことをしているんです」。
なぜ?
「寂しいんですよ。たかったりはしません。一緒に話をしたいだけです」。
胸が、少しチクチクしてきた。
太平洋戦争の末期、沖縄は大変な戦禍に見舞われ、多くの人が命を失った。
そのとき、彼女はまだ少女だっただろう。
首里を目指す米軍は、那覇を舞台に日本軍と激しい市街戦を展開した。
その中を逃げまどう瞳の大きな女の子の姿が目に浮かぶ……。
まいった。
私は店主から紙を1枚もらい、おばあさんのところへ向かった。
「さっきは俳優じゃないなんて、嘘ついてすみませんでした。
人がたくさんいるので、騒ぎになったら困ると思って」。
そう言って、お詫びにと、私は紙にサインをして彼女に渡した。
崩した字で、増田紀彦と書いたが、まあまあ、かな。
おばあさんは、微笑んだ。
喜んでくれたのではなく、たぶん、私のヘタな嘘を笑ったのだろう。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
増田紀彦NICe代表理事が、毎月7日と14日(7と14で714(ナイス)!)
に、NICe正会員・協力会員・賛助会員、寄付者と公式サポーターの皆さん
へ、感謝と連帯を込めてお送りしている【NICe会員限定レター「ふ〜ん
なるほどねえ」スモールマガジン!増田通信】。
第141号(2018/2/7発行)より一部抜粋して掲載しました。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━