伝統工芸は、古くて新しいキラーコンテンツ
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「増田紀彦の視点 どうする?日本経済」
第45回
伝統工芸は、古くて新しいキラーコンテンツ
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【蒔絵は、実に優しく、実に雅び】
知人から、鶴柄の蒔絵が施された輪島塗のお碗を二客頂戴した。
「こんな高価なものを……」と驚くと、知人は高価じゃないと笑った。
「知り合いの職人さんが、もう売れないからと、安く譲ってくれた」と言う。
傷物でも何でもない。要するに需要がないという意味だ。
蒔絵は優雅だ。
穂先の細い筆を使って漆で下絵を描き、
それが乾かないうちに金粉を蒔いて美しい図柄に仕上げるその技法は、
まさに優しく、雅びやかである。
【蒔絵製作に不可欠の筆がない!】
近年、その蒔絵筆の穂先が入手困難になっている。
穂先の毛は、琵琶湖岸のアシ原に棲息する野ネズミの毛を用いるという。
このネズミの毛のキューティクルが奇跡的に均一に配列されていて、
漆をくわえたとき、液が垂れたり掠れたりしないのだそうだ。
ところが、琵琶湖岸のアシ原が減ったためにネズミも減り、
そのネズミを捕獲する猟師も一人いるかいないかの状況だ。
当然、他のネズミの毛を用いたり、化学繊維を使ってみたりしたが、
どうにも代わりが務まらないらしい。
【日本ならではの原料は、国際産業競争の源泉】
この話は、普通に考えれば、蒔絵の危機を意味している。
だが、見方を変えれば、日本の伝統工芸の競争優位性を示す話でもある。
ある事業なり、ある製品なりが競争優位をキープするためには、
顧客から支持される要因を、ライバルに真似されないことが肝要だ。
日本の琵琶湖でしか採取できない原料で製造する筆。
これを、他の国が作ることはできない。
【認識されていない、伝統工芸の価値と威力】
時すでに遅しで、蒔絵筆の存続は厳しいかもしれないが、
日本の自然、気候、風土、そして日本人の特質から生み出された伝統工芸は、
まだまだ数えきれないほどある。
これらは、他の国には真似のできない日本産業のキラーコンテンツだ。
その原料と技法を守り抜くことは、
日本の産業競争力と日本人の精神の豊かさを守り抜くことにつながる。
問題は、伝統工芸の価値と競争優位性を、多くの日本人が気づいていないこと。
だから、冒頭の輪島塗のような話が出てきてしまう。
むろん、打つ手はある。
【大島紬の技法を活用した建材染色】
奄美大島出身の建築家、山下保博氏は、
大島紬の技法を応用して、建材(木材)の染色に取り組んでいる。
大島紬は、奄美に多く自生する車輪梅の幹や根を煮出した汁に絹を浸け、
いったん赤褐色に染め出す。その後、泥に浸けることで化学変化を起こさせて、
あの黒褐色に染め上げていくのである。
したがって、この染め物も、他の国では真似ができない産物である。
ただし着物市場は右肩下がり。そこで需要のある建材に活路を見出したのである。
【高級品に漆を吹き付ける会津の工房】
もうひとつ、福島県の会津若松市に工房を構える坂本乙造商店は、
漆塗りの技法を海外に紹介し、ニューヨーク現代美術館で高い評価を得た。
そのうえで同工房の出色ぶりを示すのは、漆を吹き付ける対象物。
アタッシュケース、カメラ、パソコン、さらには航空機や建物の内装……。
高級かつ実用性の高いアイテムを狙い撃ちにしている。
お碗などの食器類は、すっかり安物が出回ってしまったが、
上記したものは、元々高値で売れるものだ。そこに漆塗りで付加価値を高め、
よりグレードの高い製品を希求する人々のニーズに応えている。
輪島塗や蒔絵にも、必ず再成長の方途はあると思う。他の伝統工芸も然りだ。
異業種の意欲的な人材が、この分野にビジネスチャンスを見出し、
職人たちとのコラボを果たして、世界へ打って出る……。
そこに日本経済の競争力強化のカギがあると私は信じてやまない。
<一般社団法人 起業支援ネットワークNICe 代表理事 増田紀彦>
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「つながり力で起業・新規事業!」メールマガジンVol.55
(2017.6.21配信)より抜粋して転載しました。
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