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厳しさを増す経済・経営環境に立ち向かうために、NICe増田代表理事が送る、視点・分析・メッセージ 。21日配信のNICeメルマガシリーズコンテンツです。
「もったいない」との付き合い方



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 「増田紀彦の視点 どうする?日本経済」

 第125回 「もったいない」との付き合い方
 
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【ギャンブルに負けない方法】

昔、誰かが言っていた。
「ギャンブルに絶対に負けない方法がある」と。
これは興味津々。私は相手の言葉の続きを待った。

「簡単だよ。負けたら、次は負けた分と同じ額を賭ければいい」。

ん? ああ、なるほど、そういうことか。

例えばルーレットで赤に100ドル賭ける。だが、球は黒に入った。
はずれたから100ドルは没収される。
次に200ドル賭ける。またハズレ。
ならばと、今度は300ドル賭ける。当たった! 
これで1回目の100ドルと2回目の200ドルの負けを取り戻せる。

確かに、赤か黒かの二者択一を無限にはずし続けるほうが難しい。
だからこの方法を貫徹すれば、いつかは負けを取り返せる。

だが、現実はそんな展開にならない。
当たる前に持ち金を使い果たす可能性がある。
また、何回目かで負けを取り戻したとしても、
「よし、運が向いてきた!」と、さらに賭けを続行し、
結局、負けがこんでしまうこともあるだろう。

それでストップすればまだいい。
手持ちがなくなれば、借金をしてでも賭けを続けようとする人もいるし、
世の中には、友人の銀行口座の金をくすねて賭けに注ぎ込む人までいる。


【人間の不合理性を加味した行動経済学】

「ギャンブルに絶対負けない方法」の論理は合理的である。
ところが、人間の行動は合理的とは限らない。

「ギャンブルに絶対負けない方法」は、言ってみれば古典的経済学の発想だ。
経済学は、経済の主体である消費者や企業や政府は、
損を回避するために合理的に動くものと前提して理論を構築している。

一方、ギャンブルにのめり込んでいく人の考察は、心理学の題材である。
なぜ人間は、不利益・不合理を選択してしまうのかと。

この2つの学問を合体したのが行動経済学だ。
人間が直感や感情によってどのような判断をくだし、
その結果が市場や家計にどのような影響を与えるのかを研究する学問である。


【「もったいない」と思うせいで、もったいないことになる】

行動経済学の代表的な理論のひとつに「サンクコスト効果」がある。
「sunk cost」は「コスト(費用)を(失う)」と訳すことができ、
「かけたコストを無にしたくない。もったいない」と思う心理にかかわる理論だ。

前述のギャンブルの顛末しかり。
納めてきた月謝がもったいないと、
とっくに飽きている習い事をズルズル続ける行為しかり。
もはや着ない洋服なのに、毎年クリーニングに出し続ける行為しかり。
加えて言えば、その洋服を置いているスペースのコストこそもったいない。
また、ほとんど使わない機械なのに、
高額で導入したからと、メンテナンス費用を掛け続ける行為もしかりだ。

つまり、「もったいない」と思うせいで、
さらに、もったいないことをしている人間は、決して少なくないのである。


【サンクコスト効果の別名「コンコルドの誤謬」】

「もったいない」の恐ろしさは、この程度ではない。

1970年代に世界中の話題をさらった超音速旅客機「コンコルド」を、
ご記憶の方もいると思う。
マッハ2で大空を飛び回る旅客機の開発は注目の的だった。

しかし、マッハ2を出すためには機体を軽くする必要があり、
そのため定員数を抑えなくてはならず、なのに大量の燃料を要するため、
コンコルドは開発段階から採算が合わないことがわかっていた。

わかってはいたのだが、当時の額でおよそ4000億円を開発に投じたため、
「飛ばせば損は確実だが、やめるわけにはいかない」と就航を強行。
開発にかかわったフランス政府やイギリス政府の「面子」の問題もあっただろうが、
こういう無茶をするときにかぎって起こるのが「弱り目に祟り目」である。
最悪のタイミングでオイルショックが発生した。
燃料代は爆上がりし、想定をさらに超える赤字を出すこととなり、
最終的に数兆円の損失を出して事業は頓挫する。

それ以来、サンクコスト効果の別名として、
「コンコルドの誤謬」が用いられるようになった。

なお、余計なお世話かもしれないが、サンクコスト効果の別名が、
将来、「リニア新幹線の誤謬」と呼ばれないことを願いたい。


【だからと言って、簡単に諦めていいのか?】

いやいや、願うべきは、
私たち自身の新規事業開発が「コンコルド化」しないことだ。

新規事業開発には、当然のことながら、
調査費用や研究費用、試作費用、実験費用などがかかる。

これらのコストを投ずることなく、
新規事業をスターとさせることはできないわけだが、
見立て違いや企業内部の変化、社会や市場など外部の変化によって、
事業をスタートさせてもこれらのコストの回収が困難になる場合がある。

その際、通常は投資分を取り返すことを断念し、損失を広げないようにする。
つまり「コンコルドの誤謬」をおかさないよう務めることが正解になる。

しかし、前述のように、人間は不合理だ。
ましてや費用だけでなく、時間と知恵と情熱を注ぎに注いだ新規事業を、
あっさり諦めるなど、そう簡単にできることではない。

いくつもの新規事業案件を進めている大企業なら、
撤退基準を定めて取り組んでいるケースもあるだろうが、
中小企業の場合は、その事業に社運を懸けていることも少なくない。

なら、どうする?
続行でもなく、中止でもない道。
つまり、改良もしくは修正という方法がある。
「諦めの悪さ」を、いいほうに結び付ける発想だ。


【諦めない事例1 セラミックスメーカー】

とあるセラミックスメーカーは、
誰がどう見ても、御影石(花崗岩)にしか見えないセラミックスを開発した。
これを河川などの護岸材として売り出す計画だった。
確かにコンクリート製の護岸は景観を台無しにしている。
かといって、本物の石材ではコストがかかりすぎる。

だからメーカーは、この新素材を自治体が活用してくれると見込んだ。
ところが、売れなかった。
本物の石材より安いことは間違いないのだが、
自治体の護岸工事の予算はコンクリートの使用を前提にしている。
その枠に、この素材の価格を収めることはできなかった。

だが、メーカーは諦めなかった。
それなら、コンクリートではなく、
本物の石材を使うことが一般的な業界に提案すればいいのだと。

この読みは正解だった。御影石風セラミックスは、
神社仏閣の新築や建替えの際に使われる人気の素材になった。


【諦めない事例2 自動車シートメーカー】

こんな事例もある。
悪路を走行しても揺れない自動車シートを開発したメーカーがある。
なぜ揺れないのか?
シートがボディにくっついていないからだ。
言い方を換えれば、浮いているからだ。要するにリニアの応用である。

しかし、この製品もまたコストが高く、普通車への導入は果たせなかった。

そこで考えた。
たとえコストが高くても、揺れないほうがいいクルマはないか?
ある! 救急車だ。
とくに重篤な状態の患者を乗せているストレッチャーは、
振動を避けられるに越したことはない。こちらも導入が決まった。


【サンクコスト効果を活用した販売方法】

別の視点もある。
サンクコストを惜しむのは消費者も同じこと。
であれば、むしろ、そこに目を付けた事業を開発する方法がある。
実際、すでに多くの分野で成功事例がある。

例えばプラモデル雑誌。
毎号パーツが付録になっていて、
「1年購入を続けると全パーツが集まりプラモデルが完成する」というあれだ。
途中で講読を中止すれば、今までの分が無駄になるという心理を突いている。

サブスクもそうだし、購入・利用状況で会員ランクを上げていくやり方も、
やはりサンクコスト効果をうまく活用している。

サンクコスト効果を最大限に生かしているのが、月払いの保険商品だろう。
満期を迎える前に解約すれば、返戻金はない、もしくはないも同然。
「だったらやめないほうがいい」と顧客は考え、
「それにこの先、何か起きないとは限らないし」と結論づけて、
延々保険料を払い続けるケースも多いはずだ。


【「もったいない」と、うまく付き合おう!】

「もったいない」は、
無駄なコストを省くための視点でもあるが、
過去の投資に対してそう思うことで、自らを窮地に追いやる原因にもなる。
しかし、事業の改良や修正にたどりつくことができれば、躍進の契機にもなる。

また、商品設計やマーケティングに活用することができれば、
利益を創出するための根拠にもなる

「もったいない」と、うまく付き合える経営者こそが企業を成長させる。

<一般社団法人起業支援ネットワークNICe 代表理事 増田紀彦>


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「つながり力で起業・新規事業!」メールマガジンVol.210 
(2024.5.21配信)より抜粋して転載しました。
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