増田通信 37より <特別コラム> 「女性と仕事の未来」と「私の居場所」
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大学の先輩に誘われて転居した先が、たまたま千葉県だった。
気がつくと、その人は千葉県初の女性弁護士になっていた。
渥美雅子さんという人だ。
初であると同時に、一定期間は千葉県唯一の女性弁護士だった。
そのことを自覚したのは、
千葉県の船橋市内で発生した殺人事件がきっかけだったそうだ。
その事件の被疑者として、若い女性を逮捕したと警察から電話があった。
「これは女性弁護士が良いと思い、名簿を見たら、あなただけだった」。
警察官に言われて、そうなのかと気付いた。
彼女はすぐに船橋警察署に駆けつけ、被疑者と面会する。
本当に若い、二十歳前後の可愛らしい女性がそこにいた。
容疑は嬰児殺人。
生まれたばかりの赤ちゃんを殺してしまったのだ。
もっとも「主犯」は、女性と一緒に暮らしていた若い男性だった。
彼は、狭いアパートの一部屋で産み落とされたばかりの赤ちゃんを、
すぐさまビニール袋に入れて、川に投げ込んだという。
事件発生の詳細は私にはわからないが、
まだ、日本全体が豊かとは言えない時代の話である。
おぼろげながら、
地方から上京してきた若い男女の心中に思い当たるものもある。
殺人と死体遺棄の幇助に問われた若い女性には、
執行猶予付き判決が下り、収監を免れた。
若い女性は、東北で暮らす父親が引き取っていったそうだ。
渥美さんの法廷内・法廷外での献身的な取り組みが目に浮かぶ。
この事件を通じて、彼女は気付いたそうだ。
「私の居場所はここにある」と。
女性のための仕事、というものがあることに気付いたのだ。
男女雇用機会均等法が施行されるより、何十年も前の話である。
以来、数十年にわたり、渥美さんは日本中の女性を応援し続けてきた。
そんな彼女が、2003年に「女性と仕事の未来館」館長に就任したのは、
実に素晴らしいことだ。
社会の成長と女性の成長を、ひたすら支えてきた人物なのだから。
◆ ◆ ◆
私は2005年から、同館で女性起業セミナーの講師を務めてきた。
初めて同館の演台に立ったときのことを、今でもはっきり覚えている。
自らの道を、自らで切り開こうと、顔を輝かせている女性たちを見て、
渥美さんと同じ言葉が浮かんだのだ。
「自分の居場所を見つけた」と。
自己の経験と経緯に固執し、社会変化に翻弄されがちな男性と異なり、
女性は、自らの思いに実に率直な人たちだと思った。
この人たちを伸ばすことができれば、日本はまだまだ伸びると思ったのだ。
だから私の起業ノウハウを、徹底的に女性に捧げようと決意した。
しかし2011年、同館は事業仕分けによって閉館を余儀なくされた。
同館の最後のイベントで壇上に立った渥美さんのスピーチを私は聞いた。
とても穏やかだった。
だからこそ、押し殺した無念さが、私にもジンジン伝わってきた。
そして今から半年後の2014年3月31日をもって、
現在は「女性就業支援センター」と名称を変えている、
旧「女性と仕事の未来館」は、全面的に閉鎖される。
しばらくは立ち入ることもできなくなるだろう。
NICeもさんざんお世話になった建物だけに、残念だ。
だが、建物があろうがなかろうが、「女性と仕事の未来」のために、
やれることも、やるべきことも、まだまだいくらでもある。
今、私は(財)女性労働協会の理事を拝命している。
同協会こそ、「女性と仕事の未来館」を開館以来、運営してきた団体だ。
だから、やるべきことも、やれることも、私にとっては他人事ではない。
私には頑張る義務があるし、
そもそも、頑張りたいと思ったから、役員就任を承諾した。
◆ ◆ ◆
女性だからこそ、女性の役に立てることを知り、
居場所を見つけた渥美さんは、本当に立派な仕事を積み上げてきたと思う。
男性だからこそ、女性の役に立てることを知り、
居場所を見つけた私もまた、それなりの仕事をしなければ恥ずかしい。
私は、起業という人生の選択肢があることを、
生涯かけて、日本中の女性に知らせるつもりだ。
強く、明るく、心の底からそう思っている。
<追記>
判決後、郷里に戻って家業のリンゴ園を手伝っていた若い女性は、
その後、すべての過去を話した上で夫と結ばれ、子供をもうけたそうだ。
渥美さんの元にその女性から届いた後悔と感謝を綴った手紙には、
小さな女の子の写真が添えられていたという。
――渥美さんの「居場所」を証明する、一級の証拠品である。
※殺人事件に関する記述は、
板倉久子著『弁護士 渥美雅子』(理論社)を参照させていただいた。
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増田紀彦NICe代表理事が、
毎月7日と14日(7と14で714(ナイス)!)にお送りしている
【NICe会員限定レター/「ふ〜ん なるほどねえ」スモールマガジン!】
増田通信・第37号(2013/10/07発行)より、抜粋してお届けしました。
通常、増田通信はコラム4本立てですが、37号は特別編集号です。
東京・田町(三田)にある女性就業支援センター(旧「女性と仕事の未来館」が、
2014年3月31日をもって、閉館されることが厚生労働省より正式に発表されました。
NICeの社員総会や全国定例会、さらにNICe関東や、
様々なNICe関連行事の会場としても、大変お世話になった施設です。
その同センターへの感謝の気持ちと、今後への思いをこめた特別コラムです。
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